eラーニングが企業に広まってきている。弊社でもeラーニングの導入が進んでおり,最近では6月に環境活動の知識を習得させるためのプログラムを実施。従業員には受講が義務付けられた。
当然,筆者も受講しなければならなくなったわけだが,なかなか手を付けなかった。当面の取材や執筆など,どうしても目の前の仕事を優先させてしまう。結局,eラーニングのコンテンツをパソコンの画面上に開いたのは,受講の最終日の数日前だった。
正直なところ取材や執筆といった本来の業務に比べて,集中して取り組むことができなかったような気がする。なぜ,eラーニングに対する集中力が他の業務に比べて薄れたのか。逆に,従業員を“虜(とりこ)”にするeラーニングの条件とは何か――。この疑問が出発点となり,日経情報ストラテジーの2003年12月号(10月24日発売)で,eラーニングについての記事を掲載することにした。
すぐに現場で役立つ内容にするのがカギ
筆者の場合,eラーニングのテーマが本業と関連が薄かったことが,集中できなかった理由の1つだ。「相手の『ホンネ』を引き出す質問術」や「短時間で記事をまとめるテクニック」などがテーマであれば,もう少し気合を入れてeラーニングに取り組んだと思う。1人で研修を進めるeラーニングでは,本人のやる気を引き出すことが極めて重要になる。自分が手を着けなければ,いつまでも先延ばしにできるからだ。
eラーニングのコンテンツをすぐに現場で活用できる実戦的な内容にしている企業の1つが,フォルクスワーゲングループジャパンだ。同社は販売店向けWebサイトに,顧客との商談をシミュレーションできる機能を搭載。販売会社の営業担当者は,状況に応じてどのようにセールス・トークを展開するかを学習できる。
具体的には,営業担当者の視点から見た顧客の様子が動画で流れると同時に,営業担当者と顧客のセリフが音声で再生される。
「ダイレクト・メールをご返送頂きましてありがとうございました。本日はお問い合わせいただいた新車のビデオ・キットをお届けに参りました」「どうもありがとう。昔から車が好きでね。おたくの新車にもすごく興味があるんだ」――
筆者も実際に試してみたが,なかなか臨場感がある。販売会社の営業担当者にとって,販売台数は給与額にほぼ直結するため,現場からは歓迎する声が出ている。
取材した段階では,営業シミュレーション機能を使えるようになってから約1カ月しか経過していなかったため,最後まで受講した人は一部にとどまっていた。しかし,自分の営業成績を上げるうえで役立つ営業シミュレーション機能の存在が啓もうされるにつれて,利用率が上がる可能性は高い。動画を利用するなど,業務現場の臨場感を演出すれば,eラーニングの利用を促進できる可能性が高まるのである。
受講を後押しするための仕組みも重要
とはいえ,いかに臨場感のあふれるコンテンツを作っても,まずは従業員にeラーニングの画面を開いてもらわなければ話にならない。このため,従業員の受講を促進するための仕掛けが不可欠である。
例えば,1999年6月から,直営店とFC(フランチャイズ・チェーン)加盟店の従業員を対象にeラーニングを導入しているオートバックスセブン。同社は従業員の販売力を高めるため,eラーニングでバッテリやオイルなどの商品知識を習得させている。
同社の取り組みは,従業員の受講の進ちょく状況や修了テストの点数を同じ店舗で働く従業員が閲覧できるようにしている点が特徴。受講の進ちょく状況が他の従業員より遅れていたり,修了テストの結果が悪かった場合,上司からプレッシャを受けたり,先輩社員や同僚から冷やかしを受ける恐れが高くなるわけだ。このため,従業員はeラーニングに全力で取り組まざるを得ない
eラーニング受講の強制力になる仕組みだけでなく,従業員の自発性を引き出す「アメ」も用意している。「バッテリー基礎コース」「オイル基礎コース」など10種類のコースを修了した従業員向けに,社内資格である「カーライフアドバイザー」を創設。修了者を資格取得者として認定している。本部は修了者に認定証やバッジ,お菓子などを配布。資格の取得を祝福する。高価なものではないにしろ,本来の業務ではないeラーニングを修了した従業員に「ご褒美」があるかないかでは,現場の士気に及ぼす影響は大きく異なる。
「アメ」と「ムチ」の2つが功を奏し,現在では販売店における従業員の約7割がカーライフアドバイザーの資格を取得している。10コースを修了するためには,平均で28時間を費やさなければならないことを考えると,簡単に実現できる数字ではない。受講を後押しする仕組みがなければ,これほど定着しなかったのは間違いない。
eラーニングに対する現場のモチベーションを高めるためには,現場での成果を高めるのに役立つテーマを題材に選ぶことと,受講を後押しする仕組みを構築することが不可欠。他の分野での情報化と同じく,システムを導入しただけで成果を上げるのは難しい。企業におけるeラーニング活動を担当する社員は,この点を肝に銘じておいたほうが良さそうだ。
(長谷川 博=日経情報ストラテジー編集)
■日経情報ストラテジーでは2003年12月号(10月24日発売)「アップデート2」で,先進企業のeラーニングに対する取り組みを記事として掲載しています。関心のある方は,ぜひご一読ください。