衣料品の優待セールを知らせるDMがちょくちょく届く。1度も買ったことのないブランドの案内も少なくなく,たいがいはそのまま捨ててしまう。筆者の好みとは明らかに違うからだ。こんな的外れなDMをもらっている方は大勢いるだろう。なぜか。理由は簡単だ。送り手が受け手の好みや価値観まで把握していないからである。

「なぜ?」の追求が欠けている

 「DMのヒット率が倍になった」――。一方では,こうした成功事例を聞く機会も増えている。データ・ウエアハウスやデータ・マイニングといったIT(情報技術)を活用した分析技術が浸透したためである。小売業はPOS(販売時点情報管理)システムを導入し,さらにポイント・カードなどを顧客に配布。こうして販売情報や顧客情報をせっせと集めてきた。いつの間にか膨大な量になっていたデータを瞬時に分析できるシステムは,確かに企業に大きなメリットをもたらした。

 ところが,冒頭のようなケースが起こる。せっかくの顧客情報が生かされていない。ITの活用で一見成果を上げたかのように映るが,根本的な解決には至っていないことが少なくないはずだ。

 大切なのは,何を買ったかではなく,「なぜ?」買ったかという購買に至るまでの背景情報である。

 POSシステムやポイント・カードを使って得られるのは,顧客の年齢や住所,購買履歴といった情報である。これらの情報を基に販促の対象を決める場合,例えば「20~30歳の東京都に住む男性で,過去1年間に和食レストランを5回以上利用した顧客」といった形になる。こうした顧客に対して,東京に新規開店する和食レストランのクーポンを送れば,足を運んでくれると考えがちだ。

 しかし,同じ和食レストランでも,家族客であふれる店と,ほとんどの顧客がカップルで利用している店を同じ扱いにしていてはあまり意味がない。「和食レストランを利用する」という属性よりも,「家族連れでレジャーを楽しむ」といったライフ・スタイルのほうに大きな意味があるのだ。

 商品やサービスの分類で分析するだけでは,顧客のし好や価値観,ライフ・スタイルまでは把握できない。今,CRM[用語解説] に取り組む企業の多くが,こうした壁にぶつかっている。

「サイコグラフィック」が解決の糸口に

 マーケティングの分野では,年齢や性別,職業といった情報をデモグラフィック(人口統計学的属性)情報,住所をはじめとする地理的な情報はジオグラフィック情報と呼ぶ。これらの情報だけを頼りにしたマーケティングには限界がある。

 では,どうすればその限界を打ち破れるのか。そのヒントをレンタルビデオ店「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の取り組みに見ることができる。CCCが着目したのは,顧客のし好やライフ・スタイル,価値観といった「サイコグラフィック(心理学的属性)」と呼ばれる情報。サイコグラフィック情報を基にターゲット顧客を絞り込み,マーケティング活動を実施しようと取り組んでいる。

 TSUTAYA会員を対象に実施した分析結果の一端を,CCCが発行する「DATA WATCH」という雑誌で披露している。「女性ファッション誌 徹底分析 誰がこの雑誌を買っているのか?」と題した特集では,有力女性誌の読者像をイラスト入りで紹介している。好みのファッションやライフ・スタイル,価値観といったところまで踏み込んだ分析をしている点が興味深い。

 例えば,「JJ」と「Olive」。読者の年齢層が近い2誌だが,服を選ぶ時に「男ウケ」を意識する比率が,JJの読者はOliveの読者の倍以上なのだ。まさに,価値観を浮き彫りにしていると言えよう。

「使える」データは人が作る

 実施した施策の効果を検証するためには,確かにPOSデータが有効だ。ただし,仮説を立てる材料とするには不十分。データとして表れた結果が何を意味するかを,人間が読み解く必要がある。そこまでしなければ,せっかく集めた情報は使い物にならない。例えば,豆腐とバナナとヨーグルトを一緒に買った顧客は,健康志向の強い人,といった仮説を立てるのだ。

 センスの一言で片付けられてしまうかもしれない。しかし,やり方はあるはずだ。地道な作業ではあるが,例えば,実際に消費者を集めて生の声を聞くグループ・インタビューは有効手段の1つ。そうした場で得た情報は,データを読み解くうえで十分役に立つはずである。データに新たな意味を与えてうまくライフ・スタイルや価値観を読み解けるかどうかは,マーケティング担当者の腕の見せ所。企業にとっては競争を勝ち抜く大きな武器になる。

動機を見抜く枠組みを定める

 サイコグラフィックの重要性は,昔から指摘されてはいる。ただし,サイコグラフィックの分析は,必要な情報の収集が困難。最近はし好が細分化し,めまぐるしく変わるため,情報を頻繁に更新していかなくてはならず,手間もかかる。そのために,多くの企業がなかなか踏み込めない領域である。だが,そればかりではない。

 あるコンサルタントはこう指摘する。「デモグラフィック情報だけで顧客を分類してしまうのは,顧客との関係を強化するための枠組みが定まっていないからだ」。枠組みとは,購買するまでにどんな要素が関係しているかを意味する。顧客が物を買うまでには,様々な要素が絡んでくる。価格や機能だけでなく,そのブランドが好きかどうかや,どんな目的があるかといったことだ。

 多面的な視点が欠けていると,データ活用の罠にはまってしまう。「過去に何度か和食レストランを利用した人に,和食レストランの情報を提供すれば来店してもらえる」という発想になりがち。その店のどこを気に入ったのか,何のために利用しているのかまでとらえなければ,効果的なマーケティングにつながりにくい。

 もちろん,一人ひとりのライフ・スタイルや価値観を正確に把握することは不可能。だが,マーケティング担当者が,その視点を持っているかどうかは大きな差になるはずだ。

 日経情報ストラテジーでは今,こうした問題意識を基にした記事を企画している。CRMの壁を打ち破るカギを握っていると筆者は感じている。

(相馬 隆宏=日経情報ストラテジー)