現実世界とバーチャル・リアリティの世界が入り乱れる映画「マトリックス リローデッド」。映画のような過激な戦闘シーンは願い下げにしても,こうしたバーチャル・リアリティを用いたコミュニケーションを実現しようとしている企業がある。米国のベンチャー企業などではない。NTTである。

 NTTグループは光ファイバを用いたFTTH(Fiber To The Home)サービスの普及を目指して,バーチャル・リアリティなどの技術を取り込んだIPテレビ電話の開発に力を入れているのだ。さらに,体に付けたセンサーから神経信号を読み取って,バーチャル空間に参加してコミュニケーションを図るといったことまで研究対象に入っている。

FTTHまで値下げ競争には陥りたくない

 こうしたIPテレビ電話の研究は,NTTの最重要研究テーマに位置付けられている。SFの疑似体験サービスはご愛きょうとしても,留学体験やスポーツ教室など,応用サービスの可能性は果てしなく広がりそうだ。NTTは,こうしたバーチャル・リアリティを用いたIPテレビ電話を,FTTHのキラー・サービスにしようと考えているのだ。

 NTTグループがこうした戦略を打ち出す背景には,FTTHサービスを駆使してIP関連事業の収益性を高めない限り,NTTグループの成長を期待しにくい事情がある。同グループは地域電話や長距離電話の市場がIP電話などとの競合によって縮小した影響から,2002年度の決算で創業以来初めての減収に転じた。

 その一方で固定電話に代わる市場として期待していた,定額制の高速アクセス・サービス「フレッツ・シリーズ」やインターネット接続サービス「OCN」などのIP関連事業は,ソフトバンク・グループなどが提供するADSLインターネット接続サービスとの猛烈な値下げ競争に巻き込まれている。

 ADSLの次はFTTHと言われているが,将来の固定通信事業の収益源をFTTHサービスに求めるのはNTTグループだけではない。パワードコムやケイ・オプティコムなど電力系の通信事業者や,KDDIもFTTH事業を強化していく考えだ。すると,他社と同質なサービスを提供していては,ADSLと同じように値下げ競争に陥りかねない。今ですら,じわりじわりと競合上,値下げはしているのだ。

 FTTHを進めている通信事業者は基本的には,インターネット接続とIP電話,放送サービスを割安なセット料金で提供して,新規加入者を獲得する考えのようだ。しかし,これらはすでに他のメディアで実現しているサービスをFTTH上で提供するに過ぎない。これでは,料金競争に巻き込まれやすく,それほど高い利益率は期待できない可能性が高い。

 そこで,今までにはないアプリケーションあるいはサービスを提供して,他社のFTTHサービスとの差別化を図る,というのがNTTの考えだ。この点,筆者はまったく同感である。すでにあるサービスを提供するだけでは,明るい未来は描けない。とりあえずFTTHのシェアを獲得してからキラー・サービスを考えたいという声もあるが,先に手を打つにこしたことはない。

RENAでベスト・エフォートとの差異化狙う

 そこで,NTTは現在のFTTHサービス「Bフレッツ」とは異なるコンセプトのFTTHサービスを2004年度末にも始める。新FTTHサービスの基盤となるのが,2003年度から構築を始める新世代ネットワーク「RENA(Resonant Network Architecture)」である。その構想は2002年11月末にNTT持ち株会社が「光新世代ビジョン」の中で明らかにした(関連記事1関連記事2)。

 RENAとは,サービスの通信品質を改善するための通信機器や,新しいサービス向けアプリケーションを実現するサーバー群などで構成されるネットワークのことである。具体的にはまず,WDM(波長分割多重)や光ルーターなどを導入して伝送容量を拡大し,高品質映像をリアルタイム伝送するために速度保証技術などを導入する。通信方式にはIPv6やMobile-IPなど,インターネット標準のIP関連技術を取り入れる。

 これによって,Bフレッツなどの速度保証をしないベスト・エフォート型のサービスとは異なる高品質なサービスを提供する。インターネット接続だけでなく,IP電話,IPテレビ電話も標準機能として提供する考えだ。

 こうしたIPテレビ電話を含んだ新FTTHサービスを,Bフレッツと同程度(月額5000~9000円)の料金で2004年度末にも実現する。競合サービスと比べた位置付けは,「通信速度を保証しないベストエフォート型のインターネット接続サービスよりやや高く,多くの企業ユーザーが利用している専用線サービスよりは格段に安い料金水準を意識している」(NTT持ち株会社)という。

 高品質の映像伝送をFTTHの標準機能にすることによって,他社のADSLやFTTHといった競合サービスとの差異化を図り,FTTHの加入者を獲得するための切り札にする狙いである。

IPテレビ電話にバーチャル・リアリティが加わる理由

 こうした背景もあってNTTは,IPテレビ電話をFTTHのキラー・サービスと位置付けている。IPテレビ電話であれば,NTTが得意とするネットワーク技術で他社に通信品質の差を付けやすいという思惑もあるようだ。ただし,テレビ電話はISDNと併用する形で実用化が図られていたが,ほとんど普及させられなかったという過去がある。これについてはNTT内部でも,画質が向上してリアリティが高まれば普及に向かうという見方と,もうひと工夫が必要という見方がある。

 例えば,ビジネス利用や風景の伝送などは,画質が向上するほど利用が拡大するだろう。しかしその一方で家庭ユーザーのように,高画質になるほどかえって利用を控えたがるユーザー層もあるとみている。つまり,主婦などには自宅での姿や背景を他人に見せたくない心理もあるという見方だ。

 そこでNTTは,IPテレビ電話にCG(コンピュータ・グラフィックス)技術を導入する計画も進めているようだ。これによって,画面に映るユーザーの容姿や宅内の背景を加工できるようにするという。CGによって見せたくない部分を加工してやれば,新たな楽しさも加わって利用を拡大できるというわけだ。

 NTTは,家庭向けのテレビ電話が伸び悩む一方で,携帯電話による写真伝送サービスや,専用端末による写真シールの印刷サービス(いわゆる“プリクラ”)の人気が高まった点に注目して,テレビ電話へのCG導入を推進することになった。既にプリクラでは,CGで作った背景を加えるサービスや,顔色を白く加工するサービス「美白プリクラ」などが,人気を集めている。こうした機能を応用して,テレビ電話では画面の動きに対応しながら,CGで加工した表情や背景などを加える機能を実現する。

 NTTグループではさらに,人体に装着した小型センサーが感知した神経情報を通信で送ることによって,インターネットなどに形成された仮想空間に仮想的な存在として参加できるような,ユビキタス技術を駆使した仮想現実感の研究も進めている。

 こうしたバーチャル・リアリティを取り入れたIPテレビ電話が本当に普及するのか? 筆者としては,ぜひ成功してほしいと願っているが,「その確証は?」と問われると心許ない。だが,少なくとも,今までのサービスをFTTH上に乗せるだけでは価格競争に陥るだけだと筆者は考えている。読者のみなさんは,どのようなサービスがあったら,家にADSLではなく光ファイバを引きたいと思うだろうか。下のコメント欄からご意見をぜひお寄せいただきたい。

(稲川 哲浩=日経ニューメディア)

【追記】
 これまで述べてきたように、NTTグループは新戦略に基づくRENAネットワークを武器に、ADSLなどのブロードバンド・インターネットが攻略できない市場を開拓し、本格的なIP通信時代の生き残りを目指そうとしている。こうした戦略を実現するためのカギが、グループ内で進める要素技術の研究開発である。NTTグループの新戦略の全貌やR&D最前線など、より詳しい内容に関心がある方は、日経ニューメディア別冊「NTTの“光”新世代ビジョン─RENAの全貌」を参考にしていただければ幸いである。