「発表の1週間ほど前に入会を促す趣旨説明に来た。だが,内容は別にして参加メンバーに偏りがあり,中立的とは言いがたいし,背景が微妙だ。参加は断った」。大手ITユーザー119社の集まりである社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の関係者は,匿名を条件にこう明かす。ITサービス管理に関する業界標準化を促進する団体「itSMF(ITサービス・マネジメント・フォーラム) Japan」の設立にまつわる裏話である。

 一方,情報サービス企業580社が参加する社団法人 情報サービス産業協会(JISA)の佐藤雄二朗会長は「JISAには何の話もなかった。JISA会員企業にも趣旨説明には来ていない。おそらくITメーカーだけの集まり。善意でやろうとしているのだとは思うが,このメンバーだけで業界標準を作るとは?」と,“情報サービスの企業集団”JISA抜きの動きに当惑気味だ。

システム運用に着目するitSMF自体には期待が高いが・・・

 富士通,日立製作所,NEC,日本HP(ヒューレット・パッカード),マイクロソフト日本法人,NTTコミュニケーションズ,プロシード,P&Gアジアの8社が,ITサービスの品質向上や適正コストを実現するために「itSMF Japan」の設立合意を発表したのは4月15日。5月初旬に英国の本部から日本支部設立について認可を得,9月からNPO(非営利団体)法人として活動を開始する予定である(関連記事)。

 このitSMFは,1991年に英国で発足した。これまでシステム開発の工程に比べ日があたらなかったシステム運用フェーズに着目。「システムを開発していくら」の世界から抜け出し,「運用して効果を挙げ,そしていくら」というROI(投資対効果)を重視する今風のITトレンドに適う運用マネジメント手法を記した“マニュアル”を普及促進するのが目的だ。

 itSMFが担ぐ運用マニュアルを,正確には「ITIL(ITインフラストラクチャ・ライブラリ)」という。1980年代後半に,英国政府官公庁の情報化を推進するために作成された。英国ではこのITILを,官公庁だけでなく一般企業でも活用することが奨励された。itSMFはITIL振興を目的として設立した非営利組織。現在世界10カ国に支部があり,会員数は2100。ITサービス企業が20%,各国の官公庁を含めたユーザーが80%を占める。

 このITサービス業界のデファクト・スタンダード(業界標準)とも言われる英国版運用マニュアルのITILには,ITサービス管理に用いる言葉の定義やサービス概念,最良事例などが集約されている。ITILに基づきサービス事業を行っているITサービス企業は「ITIL準拠」と表示することが許され,「ITIL準拠」がサービス品質の証としての重みを持つことから,欧米では積極的に差異化の手段として活用される傾向にある。現在,サービス・サポート,サービス提供,ITインフラ管理,アプリケーション管理など7著作物があり,itSMF Japanは順次翻訳する予定だ。

 ITILが普及すれば,顧客の経営層がITサービスを依頼する社内の情報システム部門や外部のITサービス企業との間で,あるいは情報システム部門とITサービス企業,サービス企業とその協力サービス企業の間で,といったように,各関係でのサービス・レベルを定義する過程でITILを共通概念とした交渉が可能になる。結果として,サービスの質の向上やコスト削減,ビジネス・ニーズの変化に対するITサービスの迅速な対応などが可能になる。

 「ハードからサービスへ」という業界動向の中で,サービス業者やユーザーに普及・定着すれば利点が多いと見られるITILだが,肝心の大手ユーザー団体やサービス業界からは,普及を目的としたitSMF Japanの活動に対する賛同が得られていない。というより無視されているのが現状だ。

ITILを重視する日本IBMやサンも蚊帳の外

 itSMF Japanのリーダー役である西野弘itSMF Japan設立準備委員会委員長(プロシード社長)は「itSMFはユーザー中心の組織。今の会員8社がそれぞれ20社ほどのユーザーを引き入れたらあっという間に100社を突破する」と強気だ。当面は8社中心の組織運営を崩さない方針だという。

 ITサービスの運用フェーズと言えば「アウトソーシング」を連想する。アウトソーシング最大手の日本IBMはitSMF Japan設立に加わっていない。「声がかからなかった」のが実情。米IBMは2002年1月からITILの全面採用を積極的にアピールしているにもかかわらずだ。NTTデータや野村総合研究所などの大手ITサービス企業もメンバーではなく,「ITIL準拠」を同社のサポート・サービスに記載しているサン・マイクロシステムズも外された。

 先の匿名希望のJUAS関係者は「itSMF Japan設立の狙いはズバリ政府官公庁のeジャパン調達にある」と見る。「プロシードの西野社長は,NTTデータや富士通,NECなどを槍玉に挙げながら官公庁調達を批判する急先鋒。コール・センターやプロジェクト管理の評価や標準化の促進を手がけたのに続き,今回のitSMF Japanでは,これを立ち上げた後に官公庁や大手ユーザー向けのITサービス業者認定にかかわるビジネスを計画しているという。そういう“実利的な”動きが見え隠れするためJUASとしては協力できない」(JUAS関係者)と話す。

 ITIL準拠のサービス管理資格認定は,(1)ITサービス管理基礎資格(2)同実務者資格(3)同管理者資格の3種あり,英国コンピュータ協会内のISEB(Information Systems Examination Board)が英国商務局から委託され全世界的に管理している。具体的には,ITILサービス管理資格試験の実施事業者の認定と同教育事業者の公認だ。

 itSMF Japanのメンバー企業の幹部は「日本語の試験・認定の枠組みはまだない。試験・認定はitSMF Japanの設立とは関係がないことだ」と,あくまでitSMF JapanはITILの普及・促進が目的と話した。メンバー企業となった富士通の幹部は「こういう後ろ指さされる団体(itSMF自体ではなくitSMF Japan)に与するのではなく,富士通はもっと広い観点でIT需要を喚起する活動をすべきだ」と嘆息した。

(北川 賢一=日経システムプロバイダ主席編集委員)