前回私が担当したこのコラムで,携帯電話機やデジタル・カメラには,手に取って触ってみれば分かる「自明の使い勝手」がなくて,使いにくいことはなはだしいと書いた(記事へ)。それに対して,読者の方から,賛否両論,本当にたくさんのコメントをいただいた。コメント数はIT Proで2003年1月から4月に公開した記事の中で,4番目に多かった。

 「マニュアルを読まないのが悪い」「人間の行動を理解したデザイナの不在が問題」「ユースケースを洗い出す作業は非常に有効だと思われる・・・これを見直す作業がまだまだ欠けているのが現状なのだろう」「日立の携帯には,ワンタッチで『消音』『居留守録音』『電話に出られないことを通知する』機能が5,6年前からついてます」「まったく同感です。 私は触ってわからない家電は失格である,と思っています」「『多機能だがマニュアルを読まなければ使いこなせない機種』も『小機能だがマニュアルを読まずともある程度使いこなせる機種』もそれぞれにニーズがあるということでは?」などなど。

 とても参考になり,考えさせてくれるご意見ばかりだった。読者の皆さんも,ぜひ,これらのコメント(前回の記事の文末,「FeedBack!」欄中の「皆さまの評価を見る」をクリックして参照できます)をご一読いただいた上で,今回の考察にもお付き合いいただきたいと思う。

確実に使ってもらうための「Suica」の工夫

 全く新しいユーザー・インタフェースを採用するときの難しさは,それをどのように使えばいいのかを利用者に発見してもらい,納得してもらうことが難しいことだ。回転式ダイヤルからプッシュ・ボタンへの変更,特定の機能ボタンがなくなり液晶パネルを介したメニュー選択に変わる,スイッチやプッシュ・ボタンから音声認識に変わるといった変化である。

 JR東日本が採用している非接触型ICカード乗車券「Suica」の場合は,カードを読み取りスロットに差し込むという動作から,読み取り装置に単に近づける,という使わせ方に変化した。「近づければいい」のだから,使い方そのものは難しくない。しかし,改札口での乗客の様子を観察してみると,やはり,中には戸惑いながら使っている人も散見する。走り込んで改札扉が閉まり,まるで仇を討つような表情で定期券入れを読み取り装置に叩きつけている人もいる。はたして,設計者の意図が,使う人にスムーズに理解してもらえ,支障なく使ってもらうことができているのだろうか。早速,JR東日本を取材した。

 この程度の変化は人間にとっては自明で,説明の必要もないとの意見もあるだろう。しかし,現実には,カードを持つ人の感じ方により,うまく使えない場面もまれに生じているという。「使い慣れた人が,(読み取り機の上で静止させず)すっとなぞるように通って行ってしまうと処理できないことがある」(片方聡 東日本旅客鉄道 鉄道事業本部Suicaシステム推進プロジェクト課長Suicaシステムグループリーダー)

 Suicaは自動改札機に付けた読み取り装置からの電波を受け,電磁誘導によりICカードの動作電力を確保,その後,カードの存在確認,認証,カード情報の読み出し,使用条件の正当性判定,利用情報のアップデート情報書き込み,書き込み確認と一連の処理が進む。この間100ms。接近から書き込み確認までの一連の処理が済むまで,Suicaは読み取り装置から半径10センチメートル以内に留まっていなければならない。

 半径10センチ以内の正常動作領域内にある限り,斜めになろうが,動いていようが処理は確実に進む。しかし,早足で移動を続けながら,読み取り装置の上をかなりのスピードで通過させてしまうと,処理が完了せず,改札扉が閉じてしまう。

 導入に至る実験では約2万項目に及ぶ試験を行うとともに,オープン半年前には埼京線で約1万人のモニター試験を3カ月行い,さまざまな人間の行動パターンを追った。カードの期限切れなども含めた,通過阻害率0.4%の目標を達成できるめどがたった後,実験を終了。さらに4カ月の検証期間,システム見直し期間を置いた後,首都圏3200通路でSuica導入の幕が切って落とされた

技術面だけでなく,ユーザーに使い方の“イメージ”を訴える工夫も

 開業後,一度で通過できない事例がかなりあった。エラーとなった行動を細かく調べた。Suicaとともにコイン,他の非接触型ICカード,ポイント・カードなど銀色地に白文字が入ったカード,銀幕を削るスクラッチ・カードなどが定期券入れに一緒に入っている場合などに起きるエラーに加えて,読み取り機の通信可能範囲10センチメートルの中に100ms以上滞空していない例が多かった。しかも,どの範囲までが有効通信距離なのかがはっきり認識できないという無線システム特有のハンデも大きかった。

 当初は,「かざすだけでよい」という認識が先行し,Suicaに慣れてきた人ほどその傾向が現れるようになってきた。そこで,「Suicaはタッチ&ゴー」とユーザーの振る舞いに直結する言葉で使い方のイメージを訴求することにした。

 しかし,「それでも速い人は目にも留まらない速さでタッチしていき,エラーになることもありました」(片方氏)。「タッチ」するという動作は,カードの角隅で軽く触れても「タッチ」は「タッチ」。「タッチ」という言葉から想起する行動パターンの中には手品師がカードを鮮やかに操るような動きも当然含まれてしまうというわけである。

 そこで,改札機にも「タッチ1秒」というラベルを貼り,少々長めの滞空時間を頭に入れてもらうことにした。Suica自体の使わせ方としては「タッチ」する必要も,1秒留めておく必要もないのだが,こう表現することで,読み取りモジュールの上に水平に一旦留まる動作がイメージとして固定した。これで「読み取りモジュールから半径10センチ以内に100ms留まる」ことの要件はほとんどクリアされるようになった。

 それでもまだ残るエラーに対処するため,片方氏は「タッチの仕方をもっと分かりやすく,『ペタンとゴー』といった表現にすべきではないかと考えています」という。

 このSuicaの例は,ユーザー・インタフェース自体を工夫したものではない。しかし,これまでとは違うものを与えられたときに人はどう行動するのだろうか,と突き詰めることで,おのずから正しい使い方を会得するように仕向けることができる。こうした発想は,マニュアルを見なくても使いやすい機器を開発するためのヒントになるのではないだろうか。

携帯は日用品レベルの使い勝手にあるのか?

 さて,前回取り上げた携帯電話のユーザー・インタフェースに話を進めて行こう。

 前回述べたのは,とにかく基本的な操作をしたいときに,マニュアルをよく読まなければ分からない操作が多すぎるということだった。例えば電話がかかってきたときにユーザーがとりうる行動は,「電話に出る」「消音」「居留守録音」「電話に出られないことを通知する」「切断する」ことくらいしかないのだが,多くの携帯は単に着信中であることと先方の電話番号(または登録名)を表示するだけにとどまっている。どのボタンを押せばこれらの機能に直接アクセスできるのか,なぜ示さないのだろう。せっかく大きなカラー液晶を搭載しているのにもったいなさすぎる。

 メールが届いたときもほとんど同じ様子だ。画面にはメールが届いた旨とメール・アイコンが表示される。その後,ユーザーのとりうる行動は「見出しを確認する」「メールを読む」「メールの相手に電話をかける」「メールに返信する」「待ち受け画面にもどる」程度だろう。不愉快な勧誘メールが多くなった最近は,これに,「開かずに削除する」という項目を増やすべきかもしれない。これら操作方法をメール着信の画面に,メニューとして表示させ,直接ボタン操作できることを表示させることなど,なぜしないのだろうか?

 疑問を解くため,業界をリードするNTTドコモを取材してみた。

 「デジタル機器に不慣れなユーザーにも簡単に使ってもらうため,らくらくホン・シリーズを99年から提供しています。登録電話番号にワン・タッチでかけられる3つのダイヤル・ボタンを追加,音量をいつでもコントロールできる回転式ボリューム・ボタンなどを装備しました。F671iでは,フリップを閉じた状態では3つのワンタッチ・ダイヤル・ボタン,マナー・ボタンだけが表に出る設計ですから,機械が苦手な人にも威圧感を与えません」(有川順進NTTドコモ 営業本部マーケティング部端末商品担当課長)

 ドコモの場合,携帯電話の端末はメーカーとの共同開発という形を取る。被験者を集めてのユーザビリティ調査,実際のユーザーからのフィードバックなど膨大なデータをもとに端末の企画・設計を行っているという。その回答が「らくらくホン」ということになるわけだ。

 しかし,筆者の指摘する,電源ボタンを長押しさせることや,本当に基本的な使わせ方に対する新しい取り組みはほとんど行われていない。「長押しが初めての人には分かりづらいとは分かっていますが,一度赤い電話切断ボタンを長押しすればよいことが分かってしまえば,あとは大丈夫。実際ユーザーの意見もそれが不満と言う声はありません」(有川氏)

 また,着信時に,次にできることをメニュー表示する必要性もあまり感じていないという。「今の設計で十分機能していると理解しています。ユーザーのモニター試験などを通じて,常にユーザー・インタフェースの向上を狙っていますが,携帯に慣れた多くのユーザーに向けて全く違う形を提案するのも問題を抱えることになります。一般向けの機器は今の形に落ち着きます」

 う~~む,そういう背景があったのですか。しかし,この説明はなかなか納得しがたいものだった。

 NTTドコモでは幅広く被験者を募り,使い勝手に関するさまざまな調査を行っているというが,携帯電話機そのものの基本機能に関して強い改善要求は感じられないという。残念ながら,どのようなタイプの被験者に対し,どのような実験を行っているかは企業秘密で,その内容は一切公開はできないとの立場をとっているから,ユーザー動向,反応を具体的に分析することはできない。少なくとも読者の皆さんに納得していただくための裏付けはここからは得られなかった。

初めて携帯を持った人はどう反応するのだろうか?

 これまでの固定電話の場合,着信した時には単に受話器を取り上げればよかった。コードレス・ホンなどの場合も取り上げればよいが,既に手元に転がしてあるような場合は,チカチカと点滅している赤い通話ボタンなどを押せば,通話を始めることができた。このようなユーザー・インタフェースなら,かなり広範なユーザーに戸惑いなく使ってもらえるだろう。

 しかし,携帯電話の場合はちょっとそこからが違う。着信があったとき,「着信・xxx-xxx-xxxx」と表示された画面が表示される。その場面で,(電話は使ったことがあるが)携帯電話に慣れていないユーザーはどう反応するだろうと,頭の中を真っ白にして考えてみてほしい。

 たくさんあるボタンの中から「緑色で受話器が持ち上がっているアイコンのあるボタン」を適切に選び出すことができるのだろうか? もし,電車の中で着信してしまったとき,「赤くて受話器の置いてあるボタン」を押すと,「通話は開始されるが,先方にはお待ちくださいのメッセージが流れる」ということが理解されるのだろうか? 取りあえず留守番録音機能を働かせて,あとで返電しようとしたときに,どのボタンを押せばいいのか類推だけで判断できるだろうか?

 腕時計に「すべり止めの削りこみのある,丸くて小さな豆粒のようなもの」が付いていたら,ねじってみようと思うだろうし,「なんの取っ掛かりもない豆粒のようなもの」が付いていれば,押してみようと思う人はかなり多いはずだ。しかし,何かが起きたとき,なんのヒントもなく,たくさんのボタンが並んでいるときに,ユーザーに何かの動作を期待するのは理不尽というものだ。

 せっかく高解像度,多色カラーの液晶画面を装備したデジタル機器なのに,グラフィカル・ユーザー・インタフェースを最大限に活用しないのは,資源の無駄遣い以外の何者でもない。各端末機器を設計・製造しているメーカーは使い勝手向上にさまざまな工夫を凝らしているのも確かで,日本語入力機能などはメーカーごとに開発競争が続いている。しかし,「電話を受ける」「メールを受ける」といった携帯の最も基本となっている部分で大昔の自動車電話並みの使い勝手を思わせる体系がそのまま残っているのは,本当に原点に帰ってユーザーにストレス無く使ってもらおうとする努力が欠如しているからではないだろうか?

シンプルで使いやすいをうたうツーカーでも取り組みは今後

 一方,「シンプルって,うつくしい」というキャッチフレーズを打ち出し,「機能をシンプルに。デザインをシンプルに。料金をシンプルに。」しようと提案するツーカーはどう考えているのだろうか?

 「携帯電話に必要な機能は,きちんと話せてメールができること。機能を削り,ストレス無く使ってもらえる携帯を提供したいと考えています。一つの実現例はTS31に搭載した『マイメンバー』。よく連絡する相手をグループに登録しておけば電話,メール送信が素早くできます」(梅本景一ツーカーセルラー東京グループマーケティング統括部商品企画グループ統括次長)

 こちらはシンプルさを前面に打ち出すことで使いやすさを高め,ユーザーに訴求して行こうとの戦略だ。マニュアルも分厚いマニュアルとは別に36ページほどの薄い「カンタンマニュアル」を付け,初心者にも理解してもらいやすい方法を模索している。

 しかし,基本操作に関する改良はここでもあまり手が付けられていない。着信したときには着信の文字と相手の電話番号または名前が表示されるが,「電話に出る」「消音する」「居留守録音する」「電話に出られないことを通知する」「切断する」ためにどう操作すればいいのかは画面表示されない。キャッチフレーズ通り,シンプルで使いやすい機器が登場してくるのは,これからの開発に期待することになりそうだ。

 不可解なのはメールが着信したときのガイダンスだ。Eメールが到着したときには「新着メールあり」の文言とともに,メール・アイコンが画面下に表示される。キーの中に「メール・アイコン」が付いたキーがあるのだが,これを押すと待ち受け画面に戻ってしまう。メール着信したときに押すべきボタンは,「メール・アイコン」の付いたボタンではなく,実は左上に用意された半月マークのボタンなのだ。これでは,画面の指示だけでメールの読み出し方法を類推するのは難しい。薄いけどマニュアルは慣れるまで手放せない。

海外製端末はかなり設計方針が違う

 「電源を入れるには?」「電源を切るには」「マナー・モードにするには」「着信したとき鳴っている音を消すには」「メール着信時にそのメールを開くには」「着信時に留守録に入れるには」「受けたメールに音声電話を返すには」といった本当に基本的な機能が画面のガイドで素早く操作できるようになっていないのは,取材をした限り,サービス提供会社,メーカーなどが問題を解決すべき急務として認識していないからのように見える。

 しかし,あまりに不親切な設計がまかり通っているのはどうしても不可解だと,海外製の端末を調べてみた。使い勝手には最も気を使っているというフィンランドの「Nokia」の製品を見てみると・・・

ほとんどマニュアル要らずのNokia製品

 Nokiaの製品の場合,着信時には画面下に「消音」が選択できるメニュー指示が表示され,該当するボタンを押すと,その場で着信音を消すことができる。電源ボタンは前面の操作ボタンとは別の位置に小さな電源マーク付きのボタンが用意され,軽く押すと「電源切」に加えて「通常モード」「無音」「会議」「屋外」「バイブ」の着信音制御ができるメニューがパッと現れる。ちなみにこのボタンを長押しすれば電源が切れる設計だから,慣れた人はストレートに電源を切ることもできる。

 待ち受け画面にはメニューを呼び出すためのボタンはどれなのかを示す表示が出るし,メールを受け取ったときには,そのメールを読む,返信する,メッセージ送信者に音声電話を返すといったメニュー表示が出る。

 さすがに全世界160カ国に1億5000万台出荷(2002年)した世界最大の携帯電話機メーカーだけあって,マニュアルを見なくてもとにかく触っていけば使える配慮がされている。私が望んでいるようなかゆいところに手が届くような満足度は実現できていないところもあるが,それでも,その機器に触ったことがない人でもなんとか使えるようになるのは日本の携帯とはちょっと発想が違う感じがする。マニュアルも比較的薄く,約60ページほどのものが付いているだけだ。

 携帯は今後,小さな子供も含めて,だれもが携行する機器になっていくだろう。時計と同じ存在になりつつあるのに,端末を換えるたびにマニュアルを読み込まなければ使えないとなれば身近な情報機器にはなり得ない。

 しかも,搭載される機能は今後どんどん増えていく。チケットの代わり,身分証明書の代わり,といった日常生活の向上にも寄与する新しい使い方が想定されている中で,異なる機能をどう統合的に分かりやすい体系にまとめていけるか,それが求められている。

 Suicaのように使い方が分からない人がいるとは思えないものに対して,確実に間違いなく使ってもらうための努力がされている。その一方で,複雑さをますます増加させている携帯は,旧態依然とした操作性がそのまま残っている。今こそ,ゼロから設計を見直すべき機器の一つのように思える。

(林 伸夫=編集委員室 主席編集委員)