身の回りにデジタル機器があふれて,私のようなデジタル大好き人間には毎日が楽しくて仕方がない。

 リビングのテーブルにはリモコンが5個(DVDプレイヤ,AVアンプ,デジタルBSチューナ,CATVセットトップ・ボックス,そしてHDDレコーダ用)転がっているが,別に面倒と思ったことはない。たまに取り落として中の電池が飛び散るといった災難に見舞われることはあるものの,取り立てて不便だと感じたことはない。音を大きくしたければ,すかさずAVアンプ用リモコンでボリューム・ボタンを押せばいいし,放送中の番組をちょっとさかのぼりたければHDDレコーダ用リモコンを取り上げバック・ボタンを押せば良いからだ。

 しかし,先日,愛用のデジカメでセルフタイマ撮影をしようとして,あぜんとした。どこにもセルフタイマ設定用のボタンがないのだ。さて,どうやって参加者全員の記念撮影をするか? いやあ,焦りました。居合わせた人には「パソコン雑誌を創刊させ,編集長までやった人がそんなこともできないの?」と笑われてしまったが,ここにはデジタル機器のユーザー・インタフェース設計に関する重大な問題が潜んでいるような気がする。

 困った私は,セルフタイマ機能を探して,「メニュー」「機器設定」「マニュアル撮影機能」など考えられるあらゆる操作を試みた。「メニュー」の中だけでも,膨大な設定項目が深い階層で用意されており,そこにセルフタイマ機能が隠されてはいないことを確認するだけで,大変な時間がかかってしまった。

 ひょっとしてシャッター・ボタンを押しながら電源を入れるなんて,イースター・エッグ[用語解説] のような仕掛けになっているのかとまで疑ったが,それはなかった。ついにデジカメにはセルフタイマなんて機能は付かなくなっちゃったのか,と無理やり納得しその場はあきらめてしまった。

 私の名誉のために言っておくと,その場に居合わせた人たちは,オブジェクト指向プログラミングに詳しいシステム設計コンサルタントと元パソコン誌編集者たち。その人たちが寄ってたかってあーだこうだ触ってみたが,解は見つからなかった。決して私の勘が鈍っているためだけではないということを付け加えておこう。

奥深い階層に押し込められた必須機能

 帰ってマニュアルをひっくり返したら,ありました。「シフトボタン」を押し,画面内に表示される「タイマ印」をボタン操作で「オン」にする。う~~~ん,これは一般の人には「ゼッ~タイ,分かってくれないんじゃないか?」これでは,マニュアルは手放せない,なくしてしまったらどうするんだろう。

 私たちの頭を悩ませてくれたのは比較的入門者向けの普及機。コスト削減のため,ボタン類は極力減らす方向で設計してあるからこんなこともありうるのかもしれない。では,高級機ではどうだろうと調べてみたら,希望小売価格16万円くらいのデジカメでもだいたい似たり寄ったり。ボタンがたくさん付いている分有利で,一応は小さな「タイマ印ボタン」が付いているものが用意されていた。

 しかし,それも他の機能と兼用されており,一つのボタンに極小の3つのマークが印刷されている。これでは暗いところではほとんど確認できない。さらに,「タイマ機能」に行き着くまでには3回,そのボタンを押さなければならない。

 その後,カメラ・メーカーの設計者に取材するチャンスがあったが,「使用頻度が低いものはメニュー階層の奥に配置する」のだという。

 コンピュータのソフトでは往々にしてそのような設計が基本になる。複雑で多くの機能を盛り込んだアプリケーションでは,「簡易メニュー」と「詳細メニュー」を用意し,利用頻度の高いものから順番に配置して行く。ほとんど使われないものは「詳細メニュー」の「その他」項目に押し込まれたりするものだ。パソコンのソフトなら,そんな複雑な構造になってもヘルプ・メニューなどを丁寧に用意すれば事足りる。しかし,一般家電製品ではそんな考え方の設計は通用しない。

 ユーザーがある特定の状況にあるときに,何を求めるか,を洗い出し,必要な機能を配置して行く。例えば,電源が入っていないときに必要なものは「電源ボタン」のみひとつあれば良い。極端な言い方をすると,電源が入っていない場合は,どのボタンを押しても,電源が入る仕組みでも良い。ただし,不用意に電源が入るのは困るという考えなら,安全用のロック機能を設ける,あるいは電源オンに使えるボタンは1~数個に限定し,簡単に押されないよう少しへこませる,といった工夫をすればいいだろう。

 撮影状態にあるときに必要なのは「ピント合わせ」「ズーム」「逆光補正なども含んだ露出調整」「ストロボ発光」などに加えて,「セルフタイマ機能」が入ってくる。だから,撮影モードにあっては「セルフタイマ機能」はワンタッチでアクセスできるところに用意しておくべきだ。このようになっていれば,利用者は触れば分かる機器に接することができる。

とっさの時に慌てる携帯電話

 携帯電話なども自明のインタフェースが損なわれている例が散見する。

 コンサートや講演会などで突然鳴り響く迫力満点のオーケストラ・サウンド。あまりに見事なリアル・サウンドにステージからの音かと聴きまごうが,実はその音は客席から鳴り響いているのだ。音の主は必死で音を消そうとするが,なかなか止められずに,会場の外に走り出して行く。こうして戸惑っている人には若者も散見するから,ユーザー・インタフェース設計の根本的な部分で大きな間違いを起こしていると思われる。

 なぜ,そんなときに,さっと消音する機能がないのか? しかたなく,電源オフにする人もいるが,そのためには赤い「切断」ボタンを長押しさせるといった製品が多い。これも慣れていない人には分かりにくい。基本的に何かのボタンを長押しさせることで別モードに入るという使わせ方が一般的に採用されているが,これ自体,大きな間違いだと思うが,皆さんいかが?

 ホールに入ってマナー・モードにしたくても,メニューからたどって行くもの,機能ボタンを長押しするものなどいずれも,ワンタッチでその機能をオンにできない機種がたくさんある。

 こうしたハンドヘルド機器の場合は設置できるボタンの数は限られるから,消音ボタンを別途用意するというわけには行かない。しかし,着信時に必要なことを洗い直せばもっと簡単で自明なインタフェースが作れる。着信時にやるべきことは「電話に出る」「消音」「居留守録音」「電話に出られないことを通知する」ことくらいしかない。これをうまく,そこでの第一階層に配置するとずっとスマートなインタフェースになる。

 実装の方法はいくらでも考えられるが,あくまでも一例として示してみよう。例えば電話がかかってくれば,「電話に出る」「消音」「居留守録音」「電話に出られないことを通知する」という4つの機能のみを画面にボタン表示させ,数字ボタンなどで直接選択させればいい。これなら一見するだけで操作方法は分かる。

 こうして考えてくると,ソフトウエア技術者がもっと前面に出て,イチから設計し直すとずいぶんと人に優しいデジタル機器が生まれてきそうな気がする。使ってみれば自明なユーザー・インタフェース。そういう機械ならソク機種変更するのだが・・・

(林 伸夫=編集委員室 主席編集委員)