今,blog(ブログ。weblogの省略形)が静かにブームの兆しを見せている。「米国版の日記サイト」とも訳されるblogだが,機能面でもカルチャ面でも,従来の日本での日記サイトとは一線を画している。

 実際,長い不況が続くシリコン・バレーで一人気を吐く米Googleが,2月に米国最大のblogサービス「BLOGGER」を提供する米Pyra Labs社を買収するというニュースは,一瞬のうちに業界中を駆け巡った。「検索サービスのGoogleが,個人の意見が載っているに過ぎないblogを買収する真意は何か」という問いが,メディアだけでなくさまざまなblogでも話題になった。

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左からSix Apart社のBenjamin Trott氏(CTO),Mena Trott氏(会長兼CEO),社外取締役に就任したネオテニーのBarak Berkowitz米国代表
 「正直言って,こんなにDonation(寄付)が集まるとは思っていなかった。もともと,自分のWeblogのサポート用に作ったソフトだし,失業中に食っていければいいと考えていただけだったのに」――。blog界で定評があるblog構築ソフト「MovableType」の開発者で,Six Apart社の共同設立者であるBenjamin(Ben) Trott氏は,1月に記者と会った際にこう明かした。

 23歳でレイオフされたシリコン・バレーの一技術者に過ぎなかったBenは,4月24日,Six Apart社のCTO(最高技術責任者)に就任した。日本の投資会社ネオテニー(本社東京,伊藤穣一社長)や米PayPal社の元Executive Vice President,Reid Hoffman氏が出資に踏み切ったからだ。デザイナでSix Apart社の共同設立者のMena Trott氏(Ben夫人)は,同社の会長兼CEO(最高経営責任者)に就任し,新たに2人の社外取締役と,ディレクタとともに,blogビジネスに本格的に参入する。

日本でも手軽にblogを始める環境が整い始めた

 「blogは単なる日記サイトというより,“ピア・ツー・ピア出版(peer-to-peer publishing)”という新しい分野を切り開いている革新的な仕組み」(ネオテニーの平田大治チーフリサーチマネージャー)という見方は,決して誇張ではないだろう。

 日本はまだまだblogの黎明期だが,米国では比較的簡単にblogを始められる「BLOGGER」や「Radio UserLand」といったソフト/サービスがそろっているため,ユーザー層が拡大している。1999年にサービスを開始した最大手のBLOGGERは,今年1月に,登録ユーザーが100万を超えたと発表した(ただし,実際にblogをやっている人数ではない)。

 Movable Typeはサーバーへのソフト導入が必要なため,利用ユーザーはBLOGGERなどに比べると少ないが,それでも1万以上のアクティブ・ユーザーがいるという。利用者のすそ野を広げるために,Six Apart社はソフトの導入が不要なホスティング・サービス「TypePad」を5月(英語版ベータ)にも提供する計画である。「ウィザード形式などで初心者でも導入しやすくする」(Ben Trott)

 出資を決める前からMovableTypeの日本語化などに大きな役割を果たしてきたネオテニーは,「あまり遅れない時期に日本向けのサービスも提供したい」(南一哉事業企画部マネージャー)としており,日本でも手軽にblogを始める環境が整いそうだ。

blogと「日記サイト」との違いは?

 blogは,一人ひとりが持つ個人サイトごとに1つ,と数えられることが多い。blogは,さまざまな「記事」から構成されており,通常blogのWebページ上では,日付順に掲載されている。ここまでは,いわゆる「日記サイト」と大きな違いはない。

 blogが日記サイトと違う,という根拠の一つは,blogのデータを蓄積や流通を前提に構造化している,という点だろう。いわゆるコンテンツ管理システム(CMS)である。blog内の記事は,タイトルや本文要約,本文と構造化されてデータベースに格納されており,blogのデザインやレイアウトとは独立している。そのためデザインやレイアウトの変更は,記事データに手を加えることなく一括処理することが可能である。

 さらに他のアプリケーションやコンピュータと連携させるために,blogの記事データをXML形式(サマリー記事を配信するRSS形式やRDF形式)で流通させることもできるわけだ。RSSは米Netscape Communications社(当時)が情報配信サービスのために使い始めたフォーマット。Netscape社は買収されてしまったが,RSSのデータ形式は時を変えてblogに利用されている。すでにRSSやRDFを利用して,複数のblogの記事の要約データを収集して再配信しているサイトも登場している。

 最近では「トラックバック」という,いわゆる逆リンクのような機能を考案してMovable Typeに実装。他のblog・ソフトも実装を始めている(関連記事)。

 従来から,データベースを利用してページを動的に作成する仕組みはあったが,手間やコストがかかるために企業のWebなどで採用されるにとどまっていた。こうした仕組みを,(Web)プログラミングを知らないようなユーザーが,簡単に低コストで利用できるようになったのである。

メディアとして確立

 blogが報道(メディア)としての役割を果たし始めていることも,blogが単なる日記サイトと異なる理由だ。著名なblogには,メディアの記事を引用して自分の意見を記事にしたり,自らがメディアに先駆けて情報を発信したりし始めている。中には米Mercury NewsのコラムニストDan Gillmorのblogである「Dan Gillmor's eJournal」のように,プロのライターが発信するblogも多い。あるIT業界の記者は「シリコン・バレー発のニュースの多くは,まずblogで報道される」と語る。

 もちろん,発信されている情報の多くは個人の意見であり,内容のクオリティや信ぴょう性を保証するものではない。しかし匿名による掲示板への書き込みと異なり,blogで情報を発信するのはblogの“所有者”であり,基本的に発信者が特定できる(ただし必ずしも実名報道であるという意味ではない)。そのため虚偽の情報を流すようなblogは,すぐに読者という「市場原理」によって淘汰されてしまう。

 「下手な“民主主義”よりは,blogの方がよっぽど本来の民主主義に近い」(ネオテニーの伊藤穣一社長)。これには米同時多発テロやアフガニスタン戦争,イラク戦争の影響で,米国のマスコミが戦時統制下のように政権よりの情報ばかり出していたことが,市民の声をblogで出す,という動きにつながったと見る向きが多い。

氾濫する情報を「個人」がフィルタ

 「blogとGeocities(無料個人サイトの一つ)の違いはなんですか」――。ある米IT企業のCEOから,こんな問いを受けたことがある。一瞬,どう回答するべきか考えてしまったが,話し始めると予想以上に簡単に説明できてしまった。実はこの質問はレベルが違う二つのものを比較しており,「Geocitiesにblog用のソフトを導入すれば,CMS機能が利用できるblogになります」というのが模範回答になるだろう。しかし,この質問はもっと深い考察をする機会を与えてくれた。

 それは,blogの大きな特徴は「個人」というフィルタを通した情報から成り立っている点にある,ということである。個人の視点で,個人が興味を持つさまざまな事柄について書いてある。つまり「個人」によって情報が分類されている。これに対して,従来のWebの主流は,「カテゴリ」ごとに情報が分類されている。例えばGeocitiesは「アウトドア」「アスリート」と,興味のカテゴリごとに分類されており,その中に個人のサイトが存在する。それに対し,blogは「個人ごと」にサイトが別々になっており,blogの中に複数のカテゴリーの記事が入っている。

 この動きは,Yahoo!のように同じカテゴリの情報を集めてデータベース化する,いわゆる情報の集約(アグリゲーション)の次をいく動きではないだろうか(多くのディレクトリ・サイトは情報を選択して価値を出しているが,それでも情報過多になりつつある)。

 レストランのガイド本を例に説明すれば,「XX地区の全レストラン」が集約サイトであり,「YY氏が選ぶレストラン」がblogである。もちろん,blogが増え続ければ,いずれはディレクトリ・サイトと同じような運命をたどるかもしれない。自分と趣向がマッチするblog(=個人)を探すディレクトリ・サービスが必要になるかもしれない。しかし,現状では,利用者にとってblogは,このような意味を持っていると考えることもできるだろう。

 つまり,インターネット上に氾濫する情報を整理する役割を,blog=個人が担っているという見方である。blogに掲載されるのは,一人ひとりのフィルタを通った「厳選された」情報である。もし自分の感性がblogの感性とマッチするなら,情報の海から自分の趣向にあった情報を探すより,お気に入りのblogに通った方が楽だろう。

日本とは違う歴史をたどった「米国式日記サイト」を知ることは重要

 最後になってしまったが,なぜわざわざblogを取り上げているのかを説明しておきたい。「blogは基本的に日記サイトと変わりない。同じ日記サイトなのに,いまさら『blogがブーム』というのはおかしい」という意見を聞くからだ。確かにblogの中には,日記サイトとなんら変わりないところもある。CMSの機能も,不要な人もいるだろう。

 しかし,それはblogを黙殺してしまう理由にはならないのではないか。「日本型経営」や「日本式モノづくり」も,米国やアジア諸国に伝わり,時や場所が変わって別物に育っていった。違う歴史をたどった「blog=米国式日記サイト」を,日本の「日記サイト」とは異なるものとしてとらえ,知ろうとすることは重要なことだと筆者は考える。

 むしろ,「日記サイトの分野では米国が追従したわけで,いまさらその動きを取り上げる必要はない」と黙殺してしまうことの方が恐い。物の本質を見落とす可能性があるからだ。そのため,この記事では,あえて従来の日記サイトとは異なるものとして「blog」を取り上げた。

(関 信浩=ビズテック局開発)