バスに乗っていると「ブルル,ブルル,ブルル」と携帯電話がふるえた。表示を見ると「次はお台場です」と書いてある。降車する停留所が次だと,知らせてくれたのだ。さらに停留所に近づくと,もう一度振動して寝過ごさないようにしてくれる親切さだ。
Bluetoothの出番がやって来る?
日経コミュニケーション3月17日号「無線ブロードバンド」特集の取材で,こんな体験をした。場所は,東京・八王子の郊外にある日野自動車のショールーム。日野自動車とKDDI,日本エリクソンが共同で開発した,デモ用のバスの乗降案内システムである。使っているのは,iモードやEzWebのような既存の商用サービスではない。近距離無線技術のBluetooth[用語解説] である。バスの車内に取り付けてあるアンテナと,Bluetooth対応携帯電話の間で情報のやり取りをする。
このところバス運営業者が,携帯電話などで運行状況を見られるサービスを提供している。これは,運営しているサーバーに携帯電話からアクセスしてもらい,情報を提供するやり方だ。冒頭の例はそれとは異なる。車内に通信システムを搭載しており,携帯を使って“コミュニケート”するものだ。これが普及すれば,乗降アラートだけでなくルート上にある店舗の情報などを広告として送信できるようになる。
このところ,こうした「身の回り10m」のネットワーク,PAN(Personal Area Network)に注目が集まっている。“ユビキタス社会”と言われる,あらゆる場所,あらゆる人やモノがネットワークに接続され,互いに通信できる世界が成立するためには,身の回り10mを埋める技術が欠かせない。
その一つが,前述のBlutoothなどの無線技術。Bluetoothのほかにも,IEEE 802.11a/b/gと3種類の規格がある無線LANをはじめ,250kビット/秒程度の速度ながら低コストで消費電力の少ない「ZigBee」や,100M~400Mビット/秒の速度が出る「UWB(Ultra Wideband,用語解説)」などがある。98年に登場して以来,PANの本命と目されながら泣かず飛ばずだったBluetoothにも,ようやく出番がやって来そうだ。
IPv6で家庭内侵入狙う家電メーカー
ところで,PANの主戦場は家庭である。冒頭のバスの車内というのは,一つの事例に過ぎない。また,実現する手段は必ずしも無線でなく,有線もありえる。あらゆる手段を使って,多くの企業が家庭内に入り込もうと狙っている。
例えば,ソニーとソニーコミュニケーションネットワーク(So-net)は,インターネット経由でブロードバンド・コンテンツを家庭のテレビに送り込もうとしている。既に最大8Mまたは同12Mビット/秒のADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)サービスを利用しているSo-net会員を対象に,試験サービスを5月7日に開始する。事前アンケートによってモニターの好みを分析し,一人一人に独自に編集したコンテンツを配信する。
モニターには,So-netが提供中のルーター「ブロードバンドAVルータ」と,ソニーのホーム・ゲートウエイ製品「コクーン」を利用してもらう。コクーンは大容量ハードディスクを内蔵しており,外出先から携帯電話機やパソコンを使って番組を予約する機能を持つ。
試験サービスでコンテンツ提供を予定している会社は,アニマックスブロードキャスト・ジャパン,AII,サイバー・コミュニケーションズ,スカイパーフェクト・コミュニケーションズ,テレビ朝日,ソニー・ピクチャーズエンタテインメント,ソニーマーケティング,ソニー・ミュージックエンタテインメント,電通の9社にのぼる。力の入れようが分かるというものだ。
ここでソニーが実験しようとしているのが,次世代IPアドレスの「IPv6」だ。IPv6は,インターネット・プロトコル(IP)の次期バージョン。アドレス空間を現行のIPv4の32ビットから128ビットに広げた。経路情報を集約化してルーターの処理負荷を軽減し,IPSec[用語解説] によるセキュリティ機能,DHCP[用語解説] によるアドレス自動取得機能を標準で装備している。
ソニー以外の家電メーカー各社も,IPv6に注目している。例えば松下電工は,インターネット総合研究所と共同で,家庭市場へのサービスや製品の展開に乗り出す。
なぜ家電メーカーがIPv6に着目するのか。IPv6が普及すればユーザーは面倒なIPアドレスの設定作業から開放され,つなげばすぐ使えるプラグ・アンド・プレイが実現するからだ。移動端末やデジタル家電などのネットワーク化手段として脚光を浴びており,政府の「e-Japan戦略」でも導入促進が明記された。もちろん,ソニーが試験で使うコクーンやAVルータはIPv6対応のものだ。
NTTコミュニケーションズやKDDI,IIJなど通信事業者も,続々とIPv6対応のサービスを始めている。身の回り10mがネットワークで網羅される日は,そう遠くはないようだ。
(本間 康裕=日経コミュニケーション副編集長)