IT Proの読者の皆さんは,IT分野のエンジニアが多いと聞いている。“技術”でメシを食っている人たち,と表現できるだろう。そして,ビジネスはその“技術”によってドライブされている。

 同じレベルの“技術”であるならば,たくさん働く,あるいは人や土地のコストが安い,という相手にかなわない。“技術”で効率を上げる,あるいは真似できないような高いレベルの“技術”を実現させることが競争力につながる。ところが,世の経営者,いわゆるマネジメント層には,そのことを明確に認識している人はまだ少ないように思う。

“技術”が経営をドライブしている

 その端的な例が,インターネットに対する企業のスタンスである。Webサイトを見ると良く分かる。具体的な例はあえて挙げないが,広告宣伝に長けたイメージのある企業なのにサイトは目も当てられないような状況,という例が多々ある。

 これまでは,ユーザーとは販路を通じて接していればよかったが,インターネットではユーザーがダイレクトに接してくる。プロモーションからアフター・サービスまで,ユーザーと接するあらゆる局面で有効に機能しうるのがWebサイトなのである。Webサイトは企業を写す鏡なのだ。その本質が分かっていないと思われる企業は非常に多い。

 インターネットというビジネス・ツールを生かすには,インターネットのテクノロジそのものよりも,むしろ様々な観点から検証した上でビジネスに適用する,あるいはインターネットの特性に合わせてビジネスそのものを変えていく,という姿勢が重要だ。

 また,国内でのADSLサービスの普及ぶりとそれを取り巻く状況,特にYahoo! BBとBBフォンの急成長を見ていると,テクノロジそのものではなく,それを応用した“技術”がビジネスをドライブしているということを痛感させられる。

 ADSLの技術仕様が問題になっているが,本質はそんなことではないと思う。ADSLを単なる通信方式ととらえているか,ビジネスのための“技術”ととらえているかの違いが表面化しているように思う。ビジネスの時間感覚,品質や機能と顧客満足度の関係に対する認識,などの違いに起因する摩擦なのである。

 2月13日付けの当欄の記事での日経コミュニケーションの宮嵜清志の言葉を借りれば,『孫社長率いるソフトバンクとソフトバンクBBの事業展開に,多くの批判の声があるのは承知している。だがその議論は,つまるところ「(あなたは)ソフトバンク流ビジネスを許容するかしないか」に尽きると思う。』(2月13日付け「あるADSL事業者トップとの33分」より引用)ということになる。

“技術”と経営をつなぐのは,これからのエンジニアの重要な課題

 冒頭からわざわざ“技術”とダブル・クォーテーションで囲んだのは,テクノロジそのものというだけではなく,テクノロジが持つ意味とそのリスク,ビジネス全体での位置付けと適用領域,テクノロジの変化への対応と時間感覚,テクノロジを生かした事業を展開するための資金の手当て,といった様々な観点から,テクノロジにとどまらず,それを含む広い意味での“技術”が重要だと思っているからである。

 エンジニア同士であるならば,分野は違っても,ものの考え方やアプローチには共通するものが多いと思う。対立するにしても,論点は見えやすいだろう。しかし,その考え方やアプローチでそのままマネジメント層に接しても,すんなり伝わるとは考えにくい。

 テクノロジは,ビジネスに生かしてこそであるはずだ。“技術”と経営をつないでいく――。エンジニアにとって,これはこれからの重要な課題になると思う。

 我々のようなビジネス・ジャーナリズムは,専門家の言葉を多くの読者に分かりやすく加工して届けるという機能を担ってきたわけで,ある意味では“技術”を経営につないでいくという観点も,機能的にはそれと大きく異なるものではないかもしれない。

 ただし,これまでは業界誌に見られるようなジャンルごとの縦割りのアプローチだったものを,ビジネス全体をテクノロジ・サイドとマネジメント・サイドという構造に読み替えて情報提供する,という点が異なるととらえている。

「“技術”をビジネスに生かす」ための新たしい連載を開始

 私が担当している「BizTech」というサイトは,1996年7月にオープンして以来,ビジネスとテクノロジについてのニュースを中心に,エンジニアというよりはビジネス・パーソン全体に向けて伝えてきた。

 今お読みいただいているこのコラムはIT Pro掲載であるが,BizTechとIT Proの間には重複する記事もけっこうある。それは半ば意識的にやっているわけだが,本来,BizTechとIT Proはベクトルが違うサイトであるべきだ,と思っている。

 そんな思いから,先週からBizTechで新しい連載を始めた。「“技術”をビジネスに生かす」という路線に沿って企画したものだ。「BizTech Journal Preview!」では,連載のねらいを次の様に表現している。

 『経済のエンジンは技術革新です。日本の経済や経営が閉塞状況から抜け出すには,最新のテクノロジを創造し,その本質を理解してビジネスに生かすことしかありません。本質の理解とは,テクノロジの価値とリスクを知ることです。しかし残念ながら技術を経営に生かせる企業やリーダーはまだそう多くありません。そこでわたしたちはビジネスとテクノロジをつなぐ新しいメディアを開発し,次世代のリーダーに向けて,経営革新に役立つ視点,材料,情報を提供したいと考えました。』

 BizTech Journal Preview!では,このコラム「記者の眼」でもお馴染みの谷島 宣之と幅広い産業界の取材経験を持つ真弓 重孝が各々連載コラムを始める。この2本を中心に日経BP社のスタッフが「テクノロジをビジネスに生かす」ということの意味を考えていく。また,このテーマに沿った新規媒体開発の舞台裏を日誌という形でお伝えしていくことにした。

経営の情識(谷島 宣之・日経BP社ビズテック局編集委員)
・事業再生はアートだ(真弓 重孝・日経BP社ビズテック局編集委員)

 さらに,専門家による2本のコラムも開始した。「テクノロジをビジネスに生かす」という観点から忘れてはいけないのが,新しいテクノロジ導入にあたってのリスクに対する接し方と,企業活動と環境という軸での視点ではないかと考えた。テクノロジとビジネスの間に存在するギャップの象徴的なテーマとして,リスクマネジメントと環境に注目した。

・現代リスクの基礎知識(林 志行・国際戦略デザイン研究所 代表)
・環境戦略が拓く次世代ビジネス(渡辺 パコ・知恵市場 主宰)

 「現代リスクの基礎知識」は,リスク・マネジメントの専門家である林氏が,日々の事象をリスクマネジメントの視点から追いかけ,それらの背景を分析し,類似する事象の発生とその波及への対処方法について伝授する。

 一方の「環境戦略が拓く次世代ビジネス」は,環境ビジネス分野の研究会を主宰するなど,この分野に独自のアプローチをしている渡辺氏による連載。環境についてのさまざまな疑問から出発して,その疑問の本質を見出し,企業がビジネスとしてその本質に取り組む理由や実際の行動について紹介していく。

 今回の新連載は,「“技術”をビジネスに生かす」という観点でBizTechのコンテンツを拡充しようというプロジェクトの第一歩である。各々の記事には,ご意見やコメントなどを投稿していただけるようにしてある。また,editor@nikkeibp.co.jp でも,ご意見やご要望をお受けしている。無料でどなたでもお読みいただけるので,ぜひ,ご意見いただければと思う。

(田邊 俊雅=BizTech編集長)