最初に「あの人」に正式な取材を申し込んだのが昨年の夏。記者発表の会場では話を聞いたことはあるが,単独インタビューとなると話は全く別。取材のアポイントメントが入るまで,半年かかったことになる。

 じりじりとしているその間,その会社のADSL(asymmetric digital subscriber line)会員数は急速な伸びを見せ始めていた。2002年8月には下り最大12メガビット/秒のサービスと,ADSL使用料の無料キャンペーンを開始。さらに「全国一律7.5円,会員間は無料」というIP電話サービスも急進。2002年末にはADSL会員数169万1000,うちIP電話会員129万4000もの巨大勢力に成長していた。

 もうお分かりだろう。このサービスは「Yahoo! BB」で,IP電話サービスは「BBフォン」。提供するのはソフトバンク(正確にはソフトバンクBB)。そして我々日経コミュニケーションのインタビュー相手は,孫正義社長である。

 「長期間,お待たせしました」と広報担当の方から連絡をもらった後も,日程は「取材の前日」まで確定できなかった。ソフトバンクが筆頭株主である「あおぞら銀行」の株式売却案件や,その後明らかになった同行の情報漏えい問題,総務省のADSL干渉問題に関するDSL作業班会合,2003年1月下旬にスイス・ジュネーブで開かれたITU-T(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)での新ADSL規格の標準化――など,孫社長のスケジュールがめまぐるしく変わっていたからだ。

 裏話をすればその間,編集部と制作プロダクションの間では,特集の表紙(オコシと呼びます)の議論を重ねていた。何しろ制作日程上,ギリギリのタイミングが予想されたため,凝った作業は時間的に不可能。孫社長のクローズアップ一発で行こう,とまでは決まったが,銀塩カメラでは現像時間がもったいない。デジカメでダイレクトにデータを流し込むしかないが,通常のデジカメでは品質上,2ページにも渡る表紙(B4とA3の中間の大きさ)には耐えられそうもない。

 そこで,1600万画素を実現する巨大CCD(電荷結合素子)を搭載したハッセルブラッドを操るプロカメラマンのM氏に撮影を依頼。インタビュー前の限られた時間で撮影用の幕張りから一連の機材のセッティング,あらゆる角度からのショットをこなしてもらえるよう頼み,快諾を得た。それがインタビューの前日の晩。綱渡りだった。

「あなたはソフトバンク流ビジネスを許容するかしないか」

 さて,肝心の孫社長はどうだったかと聞かれれば,「普通の人」と答えざるを得ない。総務省のDSL作業班会合の場でのような,他を圧する声量をとどろかせるわけでもないし,ITU-Tへの送付文書を巡って総務省が「ルール違反」として渡そうとした「行政指導」を,4時間もの議論のうえ撤回させた硬骨漢のイメージからも遠かった(この部分は日経コミュニケーション2月3日号で詳細にリポートしている)。

 ただし印象に残ったのは,頭の回転の速さ。質問には間髪を入れず,ほぼ正対した答えが戻ってくる。始終にこやかながら,瞬時に相手の意図を察知する力は,やはり並みではない。この能力に,その場のTPO(Time,Place,Occasion)に合わせた迫力が加わることで,「孫社長が出席する会議は,たとえ我々NTTとの相互接続協定などの場面であっても,なぜかソフトバンクの“社内会議”に出ているような気分に陥った」(NTT東日本の幹部)という力を生むのだろう。

 孫社長率いるソフトバンクとソフトバンクBBの事業展開に,多くの批判の声があるのは承知している。だがその議論は,つまるところ「(あなたは)ソフトバンク流ビジネスを許容するかしないか」に尽きると思う。

 インフラを含めたネットワーク事業を「他の業界と変わらぬ純粋なビジネスの場」ととらえるなら,ソフトバンクの手法は実に正鵠を射たものだ。ビジネスは経済戦争そのものだから,負けたらそれで終わり。あらゆる手段を使って戦うのはビジネスの常識だ。「紳士的ではない」との指摘もあるが,デザイン盗用や商品ネームのパクリなどが横行する様々な業界を知っていれば,さほど目くじらを立てるほどのことでもあるまい。

 逆に,ネットワークを「道路や水道と同じく半ば公共的なもの」であり「決して止まってはならぬ日本経済の基盤」と見るなら,そのような半公共物の上で私的利益を追求しようとする同社は「秩序の破壊者」にしか映らないはずだ。だからこそ「反・ソフトバンク派」は,同社の会員数の伸びを警戒するだけでなく,時には蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う。「今まで仲良く談笑してきたサロンを,ギスギスした喧騒の場に変えられた」と怒る通信事業者の幹部も少なくない。

 そしてこの両極端の考え方は,恐らく今後とも決して交わることはないだろう。居酒屋やインターネット上で床屋政談をかますならともかく,我々は記者である以上,傍観者であっては商売にならない。まずはストレートに本人に話を聞き,それを正確に読者の方々に伝えることが第一。それが仮に,読者の何らかの判断の素材になるなら幸甚である。

 さて,孫社長とのインタビューは2003年1月29日に実施した。時間は正味33分。我々が発した質問は,以下の八つである。

(1)Yahoo! BBが急成長した要因をどう分析しているか。
(2)損益分岐点を200万会員としているが,これには新規ユーザー獲得コストを含んでいない。実態と合っていないのではないか。
(3)Yahoo! BBの低料金は,「上場後のキャピタルゲインで累損の一掃を前提にしなければできないはず」という声がある。反論は。
(4)通信インフラ事業は「あって当たり前」という考えが根強い。しかも料金は低下する一方。そこに参入するリスクをどう考えているのか。
(5)NTTは「我々の強固なインフラがなければ,ソフトバンクのビジネスは成立すらしない」としている。どう思うか。
(6)ADSLの干渉問題をはじめ,ビジネスの手法が強引との指摘も多い。反論は。
(7)自分たちを新世代の事業者だと思うか。
(8)最後にあなたにとって,通信ビジネスで「ついに勝った」と思える瞬間はいつか。

 詳細は日経コミュニケーション2月17日号の特集「ソフトバンクの実像」に掲載する。

(宮嵜 清志=日経コミュニケーション副編集長)