富士通がエンタープライズ・サーバー戦略の大転換を決断した。現在,メインフレームが使われている金融・産業や社会・公共システムなどの大規模システムをオープンOSのLinuxでカバーできるよう開発を進め,2~3年後をめどにLinux基幹サーバーを完成させる。そのため「1000人の開発技術者と1万人のSE(システム・エンジニア)を振り向け,3年間に1000億円を投じる」(富士通の杉田忠靖副社長プラットフォームグループ長)。

米Red Hat,Intelと戦略的提携へ。Intelとの提携は2003年1月にも発表か

 「基幹システム領域へLinuxサーバーを送り込む世界初のベンダー」(同)となる富士通は,それを実現するため,まず二つの意義ある戦略提携を行う。一つは,Linuxディストリビュータとして,2001年において世界の75%(米IDC調べ)を支配する米Red Hatとワンソース・アライアンスを締結する。これは米Dell Computerに次ぐもの。Red Hatから見ると,中小型LinuxサーバーはDell,大型は富士通という位置づけだ。

 この戦略的アライアンスにより,富士通が開発したLinux基幹サーバーをRed Hatがサポート。Linuxカーネル周りの関連ソフトの迅速な実装や共通アプリケーションのサポート,システム管理の簡素化が可能になり,コストの削減につながるほか,富士通顧客の安心感も増すと見られる。

 Linuxのスケーラビリティは,現在のLinuxバージョン2.4が8ウエイまでだ。しかし,Linux生みの親のLinus Torvalds(リーナス・トーバルス)氏は10月24日,16ウエイ以上の大型SMP(対称型マルチプロセッサ)をサポートするLinux2.6を,「2003年6月までにリリースする」と発表した。また,先週来日した米IBMのe-ビジネス・オンデマンド事業の責任者(前Linux責任者)であるIrving Wladawsky-Berger(アービング・ラダウスキー・バーガー)博士は,「2004年に16ウエイ以上のLinuxサーバー上でビジネス・アプリケーションが信頼性高く走るようになる」と,Linuxへの期待を話す(関連記事)。

 二つ目の戦略提携は米Intelとの間で行われる。杉田副社長が「Linuxサーバーの差異化はシステム・アーキテクチャ,つまりチップセットにある」と話すように,富士通はメインフレームのRAS(信頼性/可用性/保守性)機能を独自開発のLinux基幹サーバー用チップセットに実装する。加えて,IAプロセッサ・チップの中に富士通開発のRAS機能を埋め込み,それをIntel標準にする計画。そのためのIntelとの提携だ。2003年1月20日前後に両社の戦略提携が発表される模様である。

「他社との違いは“Linuxピュア・サーバー”を開発することだ」

 杉田副社長は,Linuxにかける富士通の意気込みをこう話す。「IBMやHP(ヒューレット・パッカード),NECなどはサーバーを開発し,その上にWindowsやLinuxを搭載している。富士通の狙いはLinuxが最適パフォーマンスで走る“Linuxピュア・サーバー”を開発することだ。ここが他社と異なる」。それがRed HatとIntelとの戦略提携の狙いだ。もちろんWindowsも走るが,基幹用途ではLinuxが最も優先順位が高い。

 その他,Linuxサーバーを基幹システムに仕立て上げるミドルウエアやアプリケーション・パッケージでは,富士通製ソフトをすべてLinux対応に改編するのはもちろん,米Oracleや独SAPなどのISV(独立ソフト・ベンダー)各社と積極的に交渉を進める。杉田副社長は,次代の富士通サーバー基盤にLinuxを選択した理由として,(1)特定のITベンダーに依存しない,(2)コミュニティにより継続的に機能強化される,(3)最速の技術革新がある,(4)顧客の要求を直接,機能強化に反映できる,を挙げた。

 米IBMのWilliam Zeitler(ウイリアム・ザイトラー)上級副社長サーバー部門担当が2002年1月のLinux Worldで「オープンソース技術はIT業界を劇的に変化させる。40年間続いてきた各社のプロプライエタリ(固有技術)がIT業界を強力に支配する時代は終わりを迎える」と話したように,IBMを固有技術から脱却させるため,Linuxを全サーバー共通OSと位置づけた。

 その目的を達成するため2000年秋,eサーバーへの統合と同時に,Linuxハード,ソフトの開発,マーケティング,サービス体制強化に向けて2001年から数年間で13億ドル(約1500億円)投資すると発表した。このLinux積極認知の目に見える成果として,欧米のIBM主要顧客が相次ぎLinuxを採用。2002年のLinux関連ビジネスは20億ドルを超えるまでにこぎ着けている。IBMはグリッド・コンピューティングやその先の情報ユーティリティ時代の標準OSはLinuxを機軸とする方針だ。

 富士通のLinux傾斜はIBMに次ぐものと言える。この間,IBMと富士通,日立製作所,NECの4社は,Linuxのミッション・クリティカル分野での安定稼働を保証する技術の共同開発で合意し,2003年から成果物のリリースが予定されている(関連記事)。今のLinuxサーバーはインターネット関連用途が主体だが,それを基幹システムに使えるように進化させるのが4社提携の目的だ。

既存の顧客にはプロプラエタリ・システムからLinuxへの移行パスを提供

 一方,Linuxのプレゼンスという意味では,米ガートナーは2007年にLinuxサーバーの出荷金額が100億ドルを超え,サーバー全体のほぼ4分の1を占めるとの予測を発表した。サン・マイクロシステムズのUNIX OS であるSolarisやHPのHP-UX,IBMのAIXを搭載したサーバーのそれぞれの売り上げを,Linuxサーバーが上回る。また,IDCは日本市場でも世界でも,32/64ビットを含めたSIAS(インテル標準仕様サーバー)が2006年に出荷金額で過半数を超えると予想する。

 こういうLinuxへの追い風の中で,富士通の杉田副社長は「今は,Linuxがメインフレーム級の性能,機能,信頼性を発揮するとは誰も思わないだろう。しかし,基幹システムにLinuxが受け入れられる確率は,ラスベガスでの賭け事よりはるかに高い。富士通がLinuxにコミットする以上,すべての顧客に(プロプラエタリなものからLinuxへの移行パスに)解を用意するのは富士通の責任」とも付け加えた。

 一方で同副社長は,WindowsやUNIXサーバーも今後5~10年は並行販売するとした。富士通社内では,既存のSolarisサーバーやWindowsサーバー,メインフレームの販売に,サーバー戦略の大転換は影響する可能性があるため,「Linuxを富士通の柱にするサーバー戦略は公言すべきではない」,という意見もあったという。「しかし,今から取り組んでいかないとそうなったときに間に合わない。この戦略転換を現在のビジネスにプラスだとして活かしてほしい」というのが,杉田副社長の多分に社内へ向けたメッセージだ。

 IBMがLinuxを積極的に担いでも,他OSのIBMサーバー販売にさしたる影響がなく,IBMはサーバー出荷金額で2002年第2四半期に並んでいたHPを第3四半期に2.6ポイント抜き去った(IDC調べ)。IBMのそのような戦略思考を見習ってほしい,というのが本音にあるのだろう。残念なことに,そいういう配慮をしなければならぬほど,今の富士通社内には“ガラスの心臓”の雰囲気が蔓延(まんえん)している。

かつての伝説を彷彿させる「Linuxは人類共通の財産」との意識

 同副社長はこうも話した。「Linuxは人類の共通の財産という高い目的意識で取り組む」。実はこの「人類共通の財産」という言葉は,今や富士通伝説の人である池田敏雄専務が,筆者が駆け出しのころに,直に聞いたことのある台詞だ。IBM互換プロセッサ開発を決断したとき,「IBMのOSはパブリック・ドメイン(公共財)であり,富士通は人類共通の財産であるOSが最も効率的にかつ速く走るプロセッサを世に送り出す」という趣旨で語った言葉である。

 池田氏の思いに反し,米国の著作権法が同氏の死去7年後(1981年)に改定され,OSも保護対象になったため,両社の間で紛争が起きた。しかし,1978年に富士通がIDCを始め米国の名だたる調査会社5社に「パブリック・ドメインであるIBMのOSを搭載する互換ビジネスは,今後も保証されるか?」と調査依頼したところ,全5社は「保証は継続されるだろう」と回答していたのだ。その後の変更は時代の流れか,米国の戦略という他はない。

 富士通は対象OSをLinuxに変え,“池田戦略”へ里帰る。これが今回のサーバー戦略大転換の本意である,と筆者は見ている。オープンソースのLinuxで,おそらくかつての不幸な紛争は起こりえないと見られるからだ。「Linuxが最速で走るサーバーの開発」という土俵で経験や知恵を出し,存分に戦える。

「仮想敵に燃える」企業文化に再び火はつくか

 もう一つは,富士通の企業文化だ。かつてのような猛者は,あの個人評価制度以降,富士通内に確かに少なくなった。しかし,「仮想敵に燃える」という血が脈々と受け継がれている,と,これもひいき目かもしれないが期待してみたい。90年代は,IBMのパワーが弱体化し,富士通は「追いつけ追い越せ」の目標を失っていた。だが,IBMがサービスで復活し,21世紀に入ってからサーバーを含めあらゆるIT分野でリーダーとしての風格が戻ってきた。
 
 富士通は今回のサーバー戦略転換により,IBMとLinux基幹サーバーをめぐる開発競争で真っ向勝負を挑める最短距離に着いた。あとはリソースの集中とやる気の発露である。杉田副社長は,この池田戦略の再来と仮想敵創造論に対し,ニヤリと笑うだけで,明確な反応は見せない。その代わり,7月に設置したBCC(ビジネス・クリティカル・コンピューティング)というLinuxサーバー開発組織を近く,まず300人の所帯に格上げし本格開発に取り組む。「本気だ。富士通の力を糾合する」と明言した。

 メインフレーム開発部門から中心技術者をUNIXサーバーへ振り向け,今度はそこから引っ剥がしてLinuxに放り込む。軸が何度か振れた富士通ではあるが,さて今回はどうだろう。そういえば,93年にパソコンのOSをWindows業界標準に変更したのも杉田氏がパソコン責任者の時だった。富士通が大きな決断をする際に,同氏が絡むというのは因縁か。

 Linuxへのサーバー戦略大転換で気になるのは顧客の反応だ。「やるからにはLinuxベースの基幹システムで,富士通は世界トップを目指す」と話す杉田副社長によれば,既に国内のいくつかの大手顧客から賛同を得たという。富士通の斑目(まだらめ)廣哉常務執行役ソリューション事業本部長は「大手顧客の商談が近く始まるが,思い切ってLinuxを提案してみたい」と,サービス事業面からもLinuxの後押しを明言した。

(北川 賢一=日経システムプロバイダ主席編集委員)