「自社の業務プロセスや既存システムの全体像をきちんと把握していないシステム部員が増えているのではないか」。あるシステム・コンサルタントは,こう記者に切り出した。記者が答えに窮していると,さらに言葉を続けた。

 「こうした自称“キーパーソン”は,とにかく『業務やシステムを変えたい』と迫ってくる。その熱意は買うし,こちらも商売だ。とはいえ現状を把握していない相手に改善策をコンサルティングすることは不可能だよ」

 システム・インテグレータでシステム・コンサルティングやシステム開発案件を手がけ,その後コンサルティング会社に転じ,大中小さまざまな企業をみてきた,このコンサルタントがこぼすのもムリはない。日経コンピュータの記者になったのが1996年,その間ひらすらユーザー企業の情報システム部門を取材し続けてきた記者も,最近同じような感想を抱くことが少なくない。

 ユーザー企業のシステム部門は,自社全体の業務プロセスと,それがどのようにシステムに反映されているのかが分からなくなってきているのではないか。

 本来,企業の情報システム部門は,社内のどの部門よりも自社の業務プロセスを熟知しているはずだ。その自信がなくては,企業の情報化などできはしないからだ。システムの中身についてはいうまでもないだろう。それなのに,なぜ情報システム部門は自社のシステムが分からなくなってしまうのだろうか。

現場感覚が喪失

 記者はその理由の一つに,最近の情報システム部門の“体質”があると考える。もっとはっきり言うと,「きれいな仕事ばかりやっているので,自社システムの本当の姿が分からなくなってしまった」とみている。

 社内でシステムの開発(プログラミング)や運用を手がけるシステム部門はどんどん少なくなっている。開発や運用は外部のインテグレータに任せ,「システム企画」に専念するところは珍しくない。

 ここに一つの問題がある。「システム企画」という仕事を勘違いし,開発や運用の“泥臭い”作業を無意識に軽視するシステム部門が少なくないことだ。こうしたシステム部門は本来の役割を果たすことはできなくなり,経営の期待にも応えられなくなる,と記者は確信している。

 システム開発や保守・運用といった泥臭い現場を知らずして,システム企画などできない。これが普段の取材活動を通じて得た実感である。

 「現場感覚」がなければ成功がおぼつかないのは,どんな仕事でも同じだ。自動車の設計を考えてほしい。自動車の生産拠点の現場や消費者の利用状況を知らない人間に,優れた自動車を開発できるだろうか。どんなにCADソフトやシミュレーション・ソフトが発達しても不可能ではないか。経営だってそうだ。机にかじりついて,たくさんの経営書をむさぼり読んでも,生々しい現場を知らずして企業の経営ができるはずもない。

企画の仕事は多岐に渡る

 一方で,システム部門にも同情すべき点が多々ある。「システム企画」という,ある意味で曖昧な仕事に専念しろと言われたらば,“きれい事”に走ってしまうのはある意味,仕方がない。

 多くのシステム部門が,「企画」という響きにまどわされていないか。システム企画とは「新しい業務プロセスやそれを反映した次世代アプリケーションを設計すること」と勘違いしてはいないか。これはシステム企画の一部の仕事にすぎない。

 企画と言っても新システムの仕様を考えることだけではない。システム稼働後に備えて,保守・運用のプランを練るのも企画の一部である。作ったシステムがその使命を終えたら後始末するのも,一種の企画と言える。

 そう考えていくと,「システムのライフ・サイクル全体を見渡しながら,物事を考え,あらゆる課題に対する具体策を打ち出すこと」と,システム企画は定義すべきだろう。

 その中には,将来性やコストを意識しながら,自社にとって最適なIT(ハードウエア,ソフトウエア,通信ネットワークなど)を選択することも含まれる。稼働したシステムの運用コストを下げるため,効率的な運用方針を決める作業も企画の範ちゅうだ。システムを捨てるための撤退基準や撤廃方法を考えることも企画作業に入る。

 これら一連の作業をやり抜くには,最新ITや業務に関する知識を備えているだけでは不十分だ。システム開発や保守・運用の現場を体験することで,自社のシステムの現状をきちんと把握しておく必要がある。

 もう一つ,本当の意味でシステムを企画するために,欠かせない知識がある。「なぜ,現状のシステムがこうなっているのか」といった生い立ちである。過去を知らずに,未来は語れない。歴史を学ぶ意義と同じである。

「後進の育成」を狙うプロジェクトも

 最近は「システム部門は不要」,「利用部門出身者だけで情報化はできる」といった意見もよく耳にする。だが,筆者はこうした主張に断固反対する。「現場や過去を知るシステム担当者をないがしろにして,情報化を推進するのは自殺行為」と言っても過言ではないだろう。企業がITを経営の道具として使いこなすには,現場感覚を備え,過去を知るキーパーソンの存在が欠かせないはずだ。

 そう断言したものの,記者は不安を抱いている。ユーザー企業の情報システム部門に,こうしたキーパーソンはどのぐらい残っているのだろうか。ベテランが残っている今は大丈夫だとしても,彼/彼女らが引退する10年後,20年後はどうなのだろうか。 

 システム分野に限った話ではないが,人材の育成には時間がかかる。それこそ「米百俵」の精神で望まない限り,次世代のキーパーソンを育成できないはずだ。

 そう考えながら取材をしていると,やはりその点を考えている企業はいた。例えば,強い企業の代表格であるトヨタ自動車。同社は「今やらないと後進を育成することができなくなる」という危機感から,このところ大型プロジェクトを相次ぎ立ち上げている。

 トヨタは2003年末の完了をメドに,社内システムの心臓部分である「部品表システム」の全面再構築プロジェクトを進めている(詳細は日経コンピュータ2001年12月17日号の特集「トヨタ,知られざる情報化の全貌」を参照)。このプロジェクトの目的の一つが,「スキル継承」である。「トヨタにとって部品表とは何か」,「それを支えるシステムにいかなる機能が求められるか」といったことをベテランが中堅・若手に伝承している。

 旅行代理店最大手のJTBも,次世代のシステム部員の育成に余念がない。同社は来年から基幹系である予約・発券システム「TRIPS」を全面再構築する。現行のTRIPSの本質を把握しているベテランと,次世代を担う中堅や若手をプロジェクトに参加させ,JTBのシステム化精神を引き継ぐ。

ベテランはIT魂を若手に伝えるのが義務

 もちろんすべての企業が,トヨタやJTBのように大型プロジェクトを立ち上げるのは不可能だ。だからこそ,システム部門は常日ごろから後進の育成を意識すべきと,記者は考える。もっと言うと,CIO(最高情報責任者)やシステム部長,ベテランには,若手を育成する義務がある。

 「自分たちの将来を考えて,愛情を持って育ててくれるベテランがいない」。部内の若手がそう思っているとしたら,その企業の情報化は危うい。「そんな甘いことを言わずにやるのがプロ。我々はそうやってきた。他人に頼らず,歯を食いしばれ」という反論もきそうだが,今の若手はけっこうツライ。

 ここ10年ほどは大規模システムの全面再構築プロジェクトを実施する企業は減っているし,技術もどんどん変化していく。情報システムが社内におおかた張り巡らされ,分業が進む状況で,業務やシステムの全体像を把握しろといってもなかなか難しい。

 「我々の時代は良かった」,「今の若手はかわいそう」と率直に認めるCIOにも,何人かお会いしたことがある。その内の一人は,こう語る。「自分が入社した当時は情報化の黎明期。社内にシステムがほとんどなかった。試行錯誤で,会計や販売,生産管理などさまざまな業務アプリケーションを開発した。保守・運用もやった。苦労はしたけど,いろんな経験ができて楽しかったし,その経験は今でも生きている」

 システム部門の後進の育成というのは普遍的なテーマだ。この話題の詳細は,4人の特別取材班が一丸となって,日経コンピュータ11月4日号の特集「IT魂を継承せよ」で掲載した。一読していただければ幸いである。

(戸川 尚樹=日経コンピュータ)