先日,マイクロソフトに取材に行って驚いた。インタビューした米国本社の幹部,同席した日本法人の幹部と広報担当者の3人がそれぞれタブレットPC[関連記事]を持参していたのである。目の前で3人がA4判サイズの液晶パネルに向かってペンで何やら書き込んでいる姿は,ある意味,圧巻であった。

 取材後に聞くと,日本法人では少なからぬ数の社員にタブレットPCを配ったという。「普段からタブレットPCを持ち歩き,その魅力を社外の人々に啓蒙しろ」ということだろう。マイクロソフトは“今度も”力が入っている。

10年越しの挑戦

 マイクロソフトのペン入力への挑戦は,主要なものだけ数えても3度目になる。最初は10年ほど前の第1次ペン・ブームのときだった。「アップルの『Newton』やGoの『PenPoint』に負けるな」といつもクセで,「Windows for Pen Computing(通称PenWindows)」を慌てて製品化した。Windows3.1ベースだったはずだ。ペン入力の認識率や操作性以前の問題として,当時のハードではまったく使い物にならなかった印象が残っている。

 5~6年前には,「Windows CE」を世に問うた。こちらもマイクロソフトの前口上ほどは売れなかった。組み込み機器向けのOSとしては一定の地位を確保したが,その成功にペン入力がどのぐらい貢献したかは疑問だ。

 果たして,3度目の挑戦となるタブレットPCは成功するのだろうか。昔からマイクロソフト製品は,「バージョン3でようやくまともになる」と揶揄されてきたが,今度もこのジンクスは通用したのか。

マーケティング戦略は以前と同じ

 結論から言うと,記者はまたダメだと思う。確かにハードは昔より格段に強力になった。OS自体にも細かな改良が加えられている。だが,前出の米マイクロソフト幹部の説明を聞いた瞬間,筆者はタブレットPCの失敗を“予感”してしまった。

 この幹部は「タブレットPCはまずはバーティカル(特定用途)市場に売り込み,徐々にホリゾンタル(一般)市場に浸透させる」と自信満々に語った。「製品価格(25万~30万円と通常のノートより10万円程度高い)が普及の障害にならないか」と尋ねても,「画期的な新製品はなんでも初めは高くつく。普及が進めばすぐに価格は下がる」と切り返してくる。

 これらの説明は,過去2回の挑戦のときに,マイクロソフトの幹部から聞いたのを全く同じだ。念のため,過去のノートをあさってみると,96年12月18日に取材したポール・マリッツ氏(当時,ナンバー3だった)がWindows CEについて同様の趣旨の発言をしているメモが見つかった(さすがに10年前のノートは発掘できなかった)。
 
 マイクロソフトはいい加減,気付かないのだろうか。「自分たちはバーティカル市場が苦手だということ」を。そして「ペン入力機には期待するような形のホリゾンタル市場は存在しないこと」を。

 バーティカル市場に関して言えば,すでに専用入力端末という強敵がいる。コンビニエンス・ストアなどで発注業務に使っているあれだ。こちらはすでに20万円以下で買える。タブレットPCがいくらWindowsパソコンとして使えるといっても,10万円のコスト差を跳ね返せるとは考えにくい。特定企業の大量導入を前提とするバーティカル市場は,「価格がすべて」なのである。

やっぱり魅力を感じない

 一方のホリゾンタル市場はどうか。ちょうど1年前にインタビューしたビル・ゲイツ会長は,「タブレットPCは人々のコンピューティング・ライフを劇的に変える」と力説していた。しかし,記者はかなり懐疑的だ。

 実際に試用してみると,タブレットPCの文字認識率はかなり向上していた。それでも,日本語に関してはまだ合格点は付けられない。ちょっとなぐり書きすると,すぐに誤認識をする。20年弱のワープロ生活で,漢字を丁寧に書く習慣をなくしてしまった記者にはかなりストレスがたまった。

 「デジタル・インク」と呼ぶ手書きメモ機能は,予想に反してよくできていた。ペンでディスプレイをなぞった軌跡をグラフィック・データとして記録してくれる。でも,これも“あれば便利”といった程度。キラー・アプリケーションとは到底思えない。

 もう一つ,試用したタブレットPC(台湾Acer製)はかなり熱くなる。文字認識用に高速プロセサを要求するタブレットPCは,通常のノートよりも発熱量が多い。ペン入力には片手でタブレットPCを抱える格好になるが,手のひらが熱かった。これでは10分以上持ち続けるのはツライ。

 こうして考えていくと,タブレットPCの魅力がいっこうに見えてこない。メモをとるだけなら,紙のほうがよっぽど速い。大量の入力にはもちろんキーボードだ。タブレットPCは普通のノートとして使えるといっても,たまにしか使わないペン入力機能のために,10万円のエクストラを払うユーザーがそれほどいるとは考えにくい。

ゲイツ会長はあきらめない?

 記者の予測が当たれば,おそらくタブレットPCの価格はいつまでたっても下がらないだろう。アーリー・アダプタ(先導役)の熱狂も少したてば覚める。そのときタブレットPCは,過去2回の挑戦時と同じように,市場の真ん中から静かに退いていくはずだ。

 ゲイツ会長のペン入力への執念は並々ならぬものがある。筆者の予想通り,タブレットPCが失敗しても,ゲイツ会長があきらめない限り,マイクロソフトはまたペン入力に挑戦するだろう。同社の資金力からすれば,ペン入力への研究開発投資などタカが知れている。ゲイツ会長があきるのが先か,同社の研究開発部門が革新的な新技術を発明するのが先か。どちらにしても,先の長い話になりそうだ。

(星野 友彦=日経コンピュータ副編集長)