WPC EXPO 2002でひときわごった返すコーナーの真ん中にあったのは,Windows XP Tablet PC Edition搭載の「タブレットPC」だった(関連記事)。液晶ディスプレイに筆圧も検出するデジタイザを装着し,専用のペンで直接画面をなぞり操作する。操作対象と操作デバイスとの一体感が,ボタン操作や字や絵を描くという現実の行為との距離感をゼロにする効果があり,パソコン操作などに慣れていないユーザーに受け入れられる要素を持っている。

 カーソルを動かし,グラフィカル・ユーザー・インタフェース(GUI)を操作するという点では,マウスやトラック・ボールを使って操作するのと同じ操作体系だが,マウスの場合,あくまでも数10センチ離れた機器で画面上のカーソルを“リモートコントロール”するという感覚が一般ユーザーを混乱させている。

 パソコン教室などで「マウスで画面上のボタンを押す」「マウスパッドが小さすぎてカーソルを途中までしか動かせない」「マウスを下に動かすとカーソルが上に動いてしまう(逆さま持ち)」などという,機器設計者には笑えない話が今でもごろごろしているのは,カーソルのリモコン操作が実体験とかけ離れたものであり,なかなか体得できない問題を抱えているということになる。

 こうした,隔靴掻痒のユーザー・インタフェースから「タブレットPC」は一般ユーザーを救い出してくれるのだろうか? タブレットPCについては,価格やバッテリー駆動時間など,いろいろなチェック・ポイントがある(関連記事)。これらはIT Proでも今後,話題になっていくだろうが,ここではまず,ユーザー・インタフェースについて考えてみたい。

ユニバーサル・デザインから見たタッチ・パネル

 博物館や情報キオスクなどで不特定多数のユーザーに使ってもらうことを想定したシステムでは,画面に直接触ってもらうタッチ・パネル方式が大半を占める。コスト上の問題でマウスやトラック・ボールなどが装備されていることもあるが,高齢者や就学前児童などが使うことを想定したシステムでは,ほとんどがタッチ・パネル方式を採用している。銀行のATM端末も,当然のごとくタッチ・パネル方式が大半だ。

 画面上に表示されたボタンを押して行くと,必要な操作が遂行できる。これは誰にでも分かりやすい操作体系に思えるのだが,やはりここでも戸惑ってしまうユーザーがたくさんいるのだそうだ。どれが「押せるボタン」なのか分からない,本物のボタンのように指の引っ掛かるへこみなどがないから,指先が震えてしまう人たちにとっては誤操作が絶えない。

 どのボタンを押そうか迷いながらパネルの上をなぞってしまうと,当然誤入力となる。Webブラウザを使いこなせる慣れたPCユーザーなら,テキストの中で色が違っているだけで,そこは“押せる”と勘が働くが,一般ユーザーにとってはどれが「押せるボタン」なのか,判断に悩むことになる。

 「タブレットPC」ではペン先にスイッチのついた特殊なペン「デジタル ペン」でタッチさせるのが基本で,画面をすーっとなぞるだけでは誤入力は起こらない。画用紙やノートに字を書くときは紙の上に手を置いて,鉛筆やペンで書き込むのが日常の作法だ。通常のタッチパネルだとパネルを押さえて字を書くといった動作はできないが,デジタル ペンを使えばこうしたごく普通の動作も可能になる。

 特殊なペンを使わなければならない分,紛失に注意しなければならないなどよけいな気苦労が増えるが,現実世界の操作感を移し替えるという観点からは,一つの解法であることは間違いない。

どれが「押せるボタン」なのか

 デジタル・ペンを使うことでタッチ・パネルの多くが持つ「感じすぎる」欠点は避けられるかもしれない。しかし,どれが入力を受け付けてくれるエリアなのか,どれが「押せるボタン」なのかを誰にも自明になるほど分かりやすく示すことはこれからの課題として残されている。

 ボタンに影をつける,ホット・リンクに色を付ける,といった常識的なところはかなりのコンセンサスができては来ているが,誰にも自明というところまでは来ていない。Mac OS Xが採用している「鼓動する3Dボタン」などはかなり良い線を行っているほうだが,こうしたフレームワークがWindows XP Tablet PC Editionに是非とも必要だ。

 文字認識入力エリアがどこなのかを示すことは,現在のWindows Tablet PC Editionではもっとも分かりにくい問題点として残されている。単に殴り書きをすれば分かってくれるのか,それとも,認識エリア限定で入力可能となるのか,明確に示すガイドラインができ上がっていない。Microsoftの早急な対応が必要な部分だ。

一度通った道

 こうしてタブレットPCを眺めていると,いつか来た道と思えてならない。衝撃的な「タブレットPC」のコンセプトを見事に表現して見せたのはApple Computer社がJohn Sculley社長(当時)時代に作ったコンセプト・ビデオ「Knowledge Navigator」だった。

 あれは確か,1989年ごろのこと。タブレットに向かって今日のニュースは?と聞くと,エージェントがユーザーの興味を持ちそうなニュースを選択して表示してくれる。その中から関連情報をもっと深く知りたければ,該当個所をタップすれば,さらに深い情報が表示され,さらに遠隔地の専門家と動画を交えながら意見を交わすこともできる。

 このアイデアの原形となったのはAlan Kay氏のDyna Bookだ。1968年に提唱されたユーザーーが他のユーザーと無線で通信できる小型軽量モバイル・デバイスの開発を目指していた。

 当時はCPUの性能も,ネットワークの速度も入出力デバイスも何一つKnowledge Navigatorを実現できるレベルになかったから,これは単なるビデオで終わってしまったが,このコンセプトを実現するためにたくさんの試みが繰り返され,ついえて行った。Newton,Go,Momenta・・・。そしてようやく今,その一部を実現できる素地が固まり,この夢に向かって再挑戦が始まったのだ。

 2000年11月12日,COMDEX/Fallの基調講演でBill Gates会長(当時)はDyna Bookの時代から心に暖めてきたタブレットPCの構想を明らかにした。それから2年,ついに商品が我々の手に届くところにまできた。

 かくして,舞台は二回り目に突入した。しかし,“知識の水先案内人”として,私たちの友人の役割を果たし,気分まで察知してくれる「Knowkedge Navigator」の世界に突入するにはまだ10年以上の歳月が必要だろう。それが実現できるにはもう一周舞台が回らなければならない。

 マイクロソフトは今,タブレットPCにふさわしいアプリケーション開発を促進するために,ソフトウエアコンテストを開催している。(概要およびエントリーのページ)。誰でも参加できるコンテスト。誰がユニバーサル・デザインの勝者になるのだろうか?

(林 伸夫=編集委員室 主席編集委員)