顧客情報を集めて商品やサービスの開発に生かす「マーケットイン[用語解説]」のモノ作りが全盛だ。

 記者自身も少なからず企業を訪ね,「顧客志向のモノ作り」とか「○○社は顧客情報からきめ細かく顧客のニーズを把握して商品開発に生かす」という記事を書いてきた。ところが取材相手から「とにかく顧客に何でも聞いてみたい」「顧客の声は宝の山ですよ」と興奮ぎみに語られるたびに違和感を抱くようになった。

 インターネットの普及につれてWebを活用した消費者調査などは手っ取り早く顧客の声を聞くツールとなっている。確かに混迷を極める市場で勝ち残るには,顧客のニーズに迫ることが欠かせない。

 しかし,多くの企業が進めているマーケットインのモノ作りはすでにほころびを見せ始めているのだ。商品のライフサイクルが3カ月という清涼飲料水などは,メーカーの開発担当者が自力でモノを生む力を極端に弱めている。

 急速に進行しつつある少子高齢化もさらに追い打ちをかける。国内市場は明らかに縮小傾向にあり,そうしたなかで勝ち残るには,限られたパイを奪い合うのではなく,全く新たな市場を切り開く以外にはない。

 顧客に聞きまくる企業から,顧客のニーズを開拓するような画期的な商品が生まれているか。答えは「ノー」である。

安易な顧客との「対話」と決別を

 一方でここ数年,話題になった画期的な商品,例えば,技術者の思いが形になったソニーの超小型パソコン「バイオU」や,業界の常識を破った三洋電機の「洗剤不要コース付き洗濯機」などは,いずれもマーケットインとは裏腹に,プロダクトアウトによるモノ作りから生まれている。これらは企業側の技術力が結実した商品である。

 そこであえて申し上げるが,今求められるのは,顧客の声に一喜一憂するモノ作りではない。むしろ,顧客の声にとらわれず、これまでにない商品やサービスを生み出す力,すなわち「プロダクトアウトする力」を磨くことではないか。

 プロダクトアウトというと,一昔前の発想のように思われるかもしれない。しかし,前述した話題の商品は,どれも技術のシーズをうまく商品化して世に送り出された。プロダクトアウト力を発揮して画期的な商品を市場に投入することが、顧客に気軽に「ニーズ」を問いかける安易なマーケットインでは迫れない,真の顧客ニーズを開拓したのである。これらの企業を取材したところいくつかの共通点が見られた。

 プロダクトアウト力とはつまるところ,イノベーション(技術革新)を起こす力にほかならない。一般に,組織内でイノベーションを起こしやすくする条件として,「権限の委譲」「フラットな組織」「知識の共有」「適切な報酬」などが言われてきた。すでに多くの企業が開発部門の組織を改革したり,報酬制度を拡充するなど,創造的な研究開発体制に向けて動き出している。

 ところが,こうした前提条件を整えていても存分にプロダクトアウト力が発揮されていない企業もある。そうした企業にはもう少しのきっかけやマネジメントが求められる。

 そこで各社の事例から,プロダクトアウト力を高める3つの原則を抽出してみた。

 まず第1に必要なのは,技術的なブレークスルーのために,必ずどこかで「諦めや常識に挑戦する」こと。そのためには,研究開発におけるリスク・マネジメントの徹底も欠かせない。

 第2には,「技術を寝かせて時期を待つ」ことだ。プロダクトアウト型の新商品は,新奇なものが多く,関連技術が未熟で商品化する環境が整っていないことも少なくない。適切なタイミングに投入できるかどうかが問われるのだ。これは一方で,短期的な業績を追い求める成果主義の弊害を問い直させることにもなる。

 第3は,「アナログでこそ差をつける」という逆説的な発想である。モノ作りのデジタル化が進むなかで,長年その企業が培ったノウハウやベテラン技術者の技能伝承,人手をかけて進める作業の効率化によって,最後に残るアナログ部分を付加価値に変える努力も,プロダクトアウト力を高めることになる。

技術者の思いこそが閉塞感を破る

 繰り返しになるが,あらためて“マーケットインのモノ作り”に誤解がないのかを検証する時が来ている。

 顧客志向を掲げ,顧客ニーズを探ろうとする多くの企業は大量の顧客情報を集める。顧客情報システムやコール・センターの増強にも巨額の投資を行っている。様々なメディアで,「もっと顧客の声に耳を傾ける」といった経営者のコメントを見ない日はない。

 確かに顧客志向は,多くの企業にとって前提となる考え方だ。我々も,顧客志向的な先進企業の事例を紹介してきた。そうした企業には花王や資生堂のように大きな成果を上げている企業も少なくない。ただし,そこでの成果とは,顧客のクレームを真摯に受け入れて商品の改良や改善につなげる,といったものが大半であったことを強調しておきたい。

 顧客の声を生かすことは,改良や改善,既存顧客の維持という点では絶大なる効果を生み出すが,閉塞感のある市場をうち破るようなイノベーションは,残念ながら顧客の声からは起こっていない。

 先日,日産自動車のカルロス・ゴーンCEOの話を聞く機会があった。「顧客のニーズをどうすれば取り込めるのか」という問いに対する彼の回答は,しごく当たり前のものだった。「5年後の車について,消費者は答えを持たない」

 プロダクトは,「こういうモノを作りたい」という技術者の思いがまずあり,日々進化する技術を生かし,リスクを取って失敗を重ねることで形になる。技術や思いは企業内にあるのだとすれば,新しいモノ作りの答えもそこにあるはずだ。

 情報共有も進み,イノベーションを起こす諸条件をかなり満たしてきたが,いっこうに新しいモノが生まれないない――。そうだとしたら,プロダクトアウト力を発揮した企業から学ぶ部分は少なくないだろう。各社の事例については日経情報ストラテジー11月号の特集記事をご参照いただきたい。

(三田 真美=日経情報ストラテジー)