「企業の中でリアルとバーチャルの逆転が起こっている」――。これは,「日経情報ストラテジー マネジメント・スクール」で講師を務めていただいた富士ゼロックスの小川徹・人材開発センター長のコメントだ。電子メールや電子掲示板を通して情報を共有している社内のネット・コミュニティが企業を動かす存在となり,これまで企業の存在そのものだと目されていた組織構成や役職などがバーチャルな存在になってきたというのである。

組織構成と情報の流れがかい離

 経営層が業務を大きく変革しようとする場合,まずは組織や役職,そして場合によっては人事考課の変更に着手する。確かに従来は,これらが最も効果の上がる処方せんだった。新たな組織図で管理職に位置する社員が,新たなミッションの下で部下を管理するからだ。

 ネットワークを通したコミュニケーション手段がなかった時代,すなわち情報の流れを経営層や管理職がコントロールできた時代には,組織や役職を変更することは,現場の社員に届く情報の質と量を変革することを意味していた。

 もちろん,昔も今も現場の社員は上司からの情報だけに頼っているわけではない。しかし,ネットワークが広く浸透していない時代には,組織図通りに流れてくる情報が,何よりも仕事のより所になっていた。裏を返せば,現場の社員に届く情報を変革することが,組織を変更する真の狙いだったわけだ。

 ところが,である。インターネットや社内LANによって現場の社員が様々な情報源を持った現在,組織の変更だけでは情報の質や量を根本的に変えることはできない。組織の変更は,単に組織図というダイヤグラムを書き換えるだけに過ぎない。「本音の情報」はネットワークを通して縦横無尽に飛び交い,「建前の情報」だけが空疎に組織図の上を流れていくだけである。

 「会社はあのように言っているけど,俺はこっちのほうが問題だと思っているんだ」。こんな電子メールを,親しい同僚と送りあった経験をお持ちの方も少なくないだろう。そして,こんなメールは決して管理職や経営層に届くことはない。こうして,現場における真の問題点は日の目を見ることなく,埋もれていく。これでは,社員の意識は絶対に変わらない。意識改革なくして,仕事を変革できるわけがない。

組織,ヒト,ITの3点セットで変革を目指す

 では,こうした状況を打破して,業務を変革するには何が必要なのか。結論を先に言うと,気軽に本音で仕事のことを語り合える「場」を作ることだ。例えば,喫煙スペースや給湯室,あるいはアフター・ファイブの居酒屋を想像してほしい。ここでは,その企業の問題を本音で語り合っているといった場面が少なくない。それも,定例会議といった公式の場とは異なる,業務の現場における本質的な問題が語られている。

 こうした「場」を組織的に用意して,ここで交わされる情報を経営層や管理職も共有できるであれば,真に業務を変革するための施策を打ち出し,その達成に向けて社員の意識を改革できる可能性が高い。だからといって,くだけた会話を交わしてもよいとした電子会議室を用意すればいいというわけではない。「器」を用意しただけでは,閑古鳥が鳴くのがオチだ。

 場を活性化させるためには,本音で問題を語れるような雰囲気作りが欠かせない。ここで重要な役割を担うのが「チェンジ・リーダー[用語説明]」と呼ばれる人材である。現場の本音を引き出し,それを肌身で感じ,その本質を経営層に訴える人材が必要なのだ。こうした人材が,周囲の人間を巻き込んで,問題の解決のために行動を起こすことの重要性を訴え続ければ,企業の現場における雰囲気は次第に変わってくる。組織的に用意した場も活性化してくるだろう。

 チェンジリーダーは,別に,すべてにたけたスーパーマンである必要はない。周囲の社員と本音で問題点を語り合え,それを忌憚(きたん)なく上司や管理者に伝え,その解決策を管理職や経営層,そして現場の社員と本音で語り合えればよい。このどれもが,それほど特別な資質を必要とするわけではないことはお分かりだろう。こうした人材が必要であることを,経営層が現場に繰り返し伝えていけば,自ずと育っていくはずだ。

 こうした役割を担うチェンジ・リーダーと,組織の改革,情報を収集するためのIT(情報技術)の3点セットがそろって初めて,現場にいる社員の意識や仕事の改革が進められるのである。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー副編集長)