ソフトバンク・グループのクラビットが全額出資する「ブロードメディア・ティービー企画」は,電気通信役務利用放送法に基づく「有線役務利用放送事業者」として,2002年9月にも放送事業に参入する(関連記事)。

 同法(2002年1月施行)に基づいて有線系の通信回線を利用して放送サービスを提供する,初めての事業者となる。ADSL(非対称ディジタル加入者線)とIPマルチキャスト技術を使って,有線テレビ放送事業に参入する形である。

 具体的には,ソフトバンク・グループが提供しているADSLインターネット・サービス「Yahoo!BB」の加入者に対して,テレビ受像機と接続して利用する専用セットトップ・ボックス(STB)を貸し出し,ディジタルCS放送「SKY PerfecTV!」などで提供されている複数のチャンネルを視聴できるようにする。これにより,「ADSL放送」という新たな市場が生まれる。

ベストエフォート型回線で放送サービスを提供

 今回のサービスがこれまでの放送と大きく異なるのは,ユーザーの環境によって実効伝送速度が異なる「ベストエフォート型回線」を放送用の伝送路として使う点だ。

 現行の放送サービスは,伝送速度(あるいは帯域幅)が一定の伝送路を使っている。一方ADSLを使う場合は,実効伝送速度が遅くなって番組の配信速度を下回れば,画面が乱れるなどの受信障害が起こる。これに対して「ブロードメディア・ティービー企画」は,サービス開始までに実効伝送速度などの利用基準を定めて,受信障害が起こらないユーザーに限ってサービスを提供するとしている。

 こうした方針の同社に対して総務省は,「放送事業者としての自覚」を期待し,問題が起きれば何らかの改善措置をとる事後規制で対処する考えだ。同社の新市場開拓の意欲を妨げないようにする。

 ただし,こうした対応をとる背景には,電気通信役務利用放送法が「伝送速度一定の送り放し」を前提にした「送信行為」に着目した規定になっているため,受信状況を規制しにくいこともあるようだ。

問題が多ければ,通信・放送関連法の見直しも

 とはいえ,今回のようなベストエフォート型回線を使う放送サービスで問題が頻発するようなことがあれば,それを認めた電気通信役務利用放送法自体の不備を問われることになりかねない。

 業界関係者には,「一般的な放送法の狙いは本来,番組審議会の設置を求めるなど,視聴者保護にあるはずだ。これに対して今回のブロードメディア・ティービー企画の目的は番組調達であり,放送事業者として登録することで番組供給会社に安心感を与えることを狙っているようだ。今回の件では電気通信役務利用放送法が本来の目的から外れ,番組調達のための資格認定制度になってしまった」との声がある。

 また,「現行の通信・放送関連の法制度自体が破綻(はたん)しかけている。こうした状況でブロードメディアのサービスで問題が生じるようなことがあれば,現行の通信・放送関連の法体系を根本から見直し,通信・放送統合法を策定する動きが一気に加速する」(政府関係者)との見方も出てきている。

 今回のADSLを使った放送サービスは,単に放送の新市場を生み出すだけではないようだ。通信か放送かの区別が難しくなるなかで,場合によっては,通信・放送関連法の抜本改正につながる可能性を秘めている。

(渡辺 博則=日経ニューメディア副編集長)