今回の記者の眼には,書籍とセミナーの宣伝および筆者が検討している新プロジェクトの説明が含まれている。読み進める方は,これらの点をご了承いただきたい。

 最近,筆者がもっとも感銘を受けた言葉は,「プロフェッショナル責任(Professional Responsibility)」である。きっかけは,プロジェクトマネジメントの書籍を作ったことであった。プロジェクトマネジメントの最新トピックについて,外部の専門家に寄稿してもらったところ,テーマの一つにこの言葉があった。プロジェクトマネジャはプロフェッショナルとしての責任を果たさなければならないということだ。

 米国のプロジェクトマネジメント推進団体であるPMI(プロジェクトマネジメント・インスティチュート)は,プロジェクトマネジャの知識体系に,「プロフェッショナル責任」を追加し,プロジェクトマネジャの資格試験でこのテーマの設問を設けている。PMIは調査研究を通じ,プロフェッショナル責任の骨子を五つに整理した。非常によくできているので紹介したい。

 説明に使うプロフェッショナルの例として,「記者」を取り上げることにする。当サイトは“IT Pro”であるから,本来はITプロフェッショナルを例にして説明するほうが分かりやすい。だが,そうすると「プロジェクトマネジャやSEはプロとしての責任を果たせ,などと書いているが,そういうお前はどうなのか」と読者の方から書き込まれそうである。そこで,先回りすることにした。

 実は7月15日号の日経コンピュータで,ある銀行の情報システム開発の失敗について原稿を書き,問題点を整理するために,PMIが整理したプロフェッショナル責任の定義を借用した。その原稿を書いているうちに,「記者として自分はプロフェッショナル責任を果たしているかどうか」と自問自答せざるをえなくなった。

 プロジェクトマネジャに関する定義を記者にあてはめるのは,そうおかしなことではない。そもそもプロジェクトマネジメントといった場合,情報システムだけではなく,エンジニアリング,建設など様々な業種のプロジェクトを含んでいる。企業経営そのものをプロジェクトの集合体としてとらえる,エンタープライズ・プロジェクトマネジメントと呼ぶ考え方もある。つまり,経営者もプロフェッショナルなプロジェクトマネジャであるべきである。

 読者の方はご自分の職種に関して,五つのテーマを考えてみていただきたい。

個人の健全性とプロフェッショナリズムの確立
(Ensuring Integrity and professionalism)

 日本語訳は,プロフェッショナル責任について筆者に教えてくれたプロジェクトプロの峯本展夫社長によるものである。プロフェッショナルは,法律や倫理規定を遵守し,顧客や一般社会,ステークホルダー(プロジェクトの利害関係者)を守らなければならない。その前提として,個人の健全性が求められる。

 のっけから重たいテーマである。記者にとって厳禁なのは,取材とお金をからめることであろう。取材をするときに,取材先に金を渡すことはないし,無論,受け取ってもいけない。特定の企業に肩入れすることもよろしくない。

 筆者はお金については大丈夫である。しかし,正直にいえば,尊敬できる取材先と,どうしても批判的になってしまう取材先がそれぞれある。ただし,そうした意識が記事の内容や量に関連しないように注意している。

 例えば,ある企業にとって結果としてプラスとなる記事を書いた場合,その企業の課題も意識して取材し,書く。あるシステム・インテグレータが「動かないコンピュータ」に悪役として出てしまった場合,そのインテグレータが成功した開発例を探す,といった具合である。ただこれもあまり意識しすぎると不自然なことになる。

 筆者は,コンピュータ関連ジャーナリストとしてプロフェッショナルのつもりである。だが,なにがプロの能力かと言われるとなかなか難しい。コンピュータ関連知識(技術動向,ベンダー動向,顧客動向)は前提として,企画力,取材力,執筆力といったあたりになろうか。これだけではあんまりなので,それぞれの能力についてプロといえる水準を規定しようと思ったが,筆が止まってしまった。

 休憩して,ジャーナリストの任務を改めて考えてみた。筆者の結論は,「新しい情報を提供する」というものである。新しいというのは,いわゆるスクープだけを指さない。最新の先端技術の骨子と意義を分かりやすく書くことも大事だろうし,「動かないコンピュータ」のような,関係者しか知らない事実を引っぱり出すことも重要である。新鮮な情報を提供できる企画力と取材力,執筆力が問われるわけだ。

 この調子でうなっていると,なかなか次のテーマに到達しない。読者も退屈だと思うので,以下は早足で進むことにする。

プロジェクトマネジメント知識ベースへの貢献
(Contributing to the project management knowledge base)

 プロジェクトマネジメントのプロフェッショナルは,個人として得た教訓やベストプラクティス[用語説明]を,プロジェクトマネジメントの知識ベースへ提供し,プロフェッショナル同士が知識を共有できるようにすることが求められる。

 この点については,筆者は失格である。せいぜい,長年の記者活動を通じて得た勘所をまとめた心得集のようなものを作って,編集部に配属される新人に渡しているくらいである。

 記者の仕事は,どうしても独りだけでやらざるをえない面がある。一つの原稿を複数人で書くことは難しい。取材協力先(ニュース・ソース)は,なかなか他の記者に紹介しにくい。これは単に出し惜しみしているわけではない。ニュース・ソースの方は個人的な信頼関係に基づいていろいろ教えてくれるのであり,ほいほいとその名前を同僚に言えないのである。

個人能力の増進
(Enhancing individual competence)

 プロフェッショナルとして自身のコンピタンスを強化するのは当然である。前出の峯本社長によると,「能力(competence)という語は,知識(knowledge)の対極をなす用法がある」そうである。つまり,PMIは,「単なる知識の習得にとどまっていてはならない」と指摘しているわけだ。

 記者としてのコンピタンス増強の例をざっと上げると,人脈拡大,文章能力や会話術(語学含む)の強化,となる。筆者は,「毎日新しい人ひとりに会う」ことを目標にしていたが,ここ数年はデスク業務が多く,未達成である。

 このテーマを書くとどうも歯切れが悪い。その理由にようやく気が付いた。記者には,ITプロフェッショナルの世界にあるような専門資格制度がない。極論すれば,自分で記者と名乗れば記者になれる。海外であると,ジャーナリスト向けの大学講座があったりするが,筆者は受講したことはない。記者になった一年目に情報処理技術者試験の二種を取得したが,これをコンピタンスに入れたら読者から怒られるだろう。

ステークホルダー間の利害関係の調整
(Balancing stakeholders' interests)

 ステークホルダーとは,プロジェクトマネジメントによく出てくる言葉で,利害関係者のことである。情報システムでは,顧客の経営者,利用部門,システム部門,インテグレータ,メーカー,協力ソフト会社などを指す。競合する要求や目的を持つステークホルダーの利害を公正に調整することが,プロジェクトマネジャの使命である。

 記者の場合は,取材先,原稿を読むデスクや編集長,原稿を誌面にする制作部門,雑誌を販売する部門,広告主,広告部門,そしてなんといっても読者,これらがステークホルダーと言える。

 現実には利害調整などほとんどしておらず,「読者のため」といって押し切ってしまうことが多い。「動かないコンピュータ」は,取材先と広告主からすれば,掲載してほしくない記事であるが,あえて掲載している。また,原稿を締め切り通りに書かないと,制作部門に打撃を与える。この点では筆者はプロフェッショナル失格である。

チームやステークホルダーとの互いにプロとしての協調関係
(Interacting with team and stakeholders in a professional and cooperative manner)

 プロジェクトでは,個人や民族,文化など様々な相違に配慮して,互いにプロとして協調的な関係を築くことが求められる。記者の場合,チームの仕事は少ないし,読者以外のステークホルダーと協調する必要はあまりない。

 ここでは,「差異を認める」という点について触れる。プロジェクトマネジメントのカギは,コミュニケーションである。プロジェクトプロの峯本社長によると,「プロとしての協調関係を築くために今後,異文化とのコミュニケーションあるいはそのマネジメントに焦点が当たる。文化的な多様性を認め合うという認識が希薄な日本人にとってこのテーマはかなり難題」という。

 確かに欧米と日本の情報化を見ると相当に違いがある。これは記者としての課題だが,欧米の企業がどのような体制でどんなシステムを作っているかについて,案外書いていない。「米国企業の情報システム部門の人数は,同規模の日本企業の10倍」,「米国企業のほうが日本企業より大型のメインフレームを大量に使っている」といった面白いテーマがいくつかあるので,今後調べて記事にしてみたい。

 以上,「プロフェッショナル責任」の範囲は極めて大きい。それでも,企業や社会がプロジェクト型になっていくため,個人一人ひとりが自立できる専門性を持ち,プロフェッショナルとして組織に対して毅然と自己主張していく必要がある。これに対して組織は,プロフェッショナルとその仕事を評価でき,プロが本領を発揮できる場や仕組みを作るべきであろう。

 日経コンピュータ編集部は,筆者がプロフェッショナル責任という言葉を知るきっかけとなった書籍「プロジェクトマネジメント大全」を7月15日に発売する。7月15日には出版を記念して,「プロジェクトマネジメント・サミット2002」とよぶセミナーを開催する。セミナーには,米PMIの幹部のほか,プロジェクトマネジメントに関する論客が多数登壇する。こうした方々の発言から,プロフェッショナル責任を感じ取っていただけると思っている。

 最後に私事について書く。7月1日付で通算約14年在籍した日経コンピュータ編集部を離れた。独りのプロフェッショナルとして活動すべく目下,新しいメディアを準備している。「またコンピュータ関連の雑誌を出すのか」と呆れる方が多いと思うが,日経BP社の既存の雑誌とはまったく違うものを出す所存である。

 まだ会社の許可が降りていないので,詳細は書けない。基本姿勢は,「独りで発行する」,「本当のことを厳しく書く」,「情報量ではなく,質で勝負する」というもの。平たく言うと,一線の記者に戻ってどんどん原稿を書くということである。

 17年前,記者になったとき,先輩から「記者のピークは30代半ば。そこから後は,デスクをやるか,過去の遺産で食いつなぐことだ」と言われた。どこかの産業でも,エンジニア30歳定年説が言われたことがあったが間違いであった。記者の世界でも間違いであることを証明したいと思っている。

(谷島 宣之=コンピュータ第一局編集委員)