定期入れでセンサー部分にタッチするだけで自動改札を通過する――。今や首都圏JR東日本の駅では珍しくない光景となった。JR東日本が導入したICカード「Suica定期券」が順調に普及しているのだ。2001年11月18日に利用を開始してからわずか2カ月後の2002年1月17日に発行枚数が200万枚を突破,2002年4月9日時点で349万枚に達するという“猛スピード”である。

明快な便利さがウケて快走するSuica

 磁気カードに比べて,大量のデータを記録できる上に複製が難しいのがICカードの特徴だ。このため,偽造カードが数多く出回ったテレホン・カードやクレジット・カードなどから,ICカード化は始まった。ところが,99年3月に発売されたNTTのICカード型テレホン・カードが累計300万枚を超えるには,2001年3月末まで約2年間を要した。

 これに対し,Suicaの300万枚達成は発行開始からわずか5カ月。Suica快走の原動力は,定期券という必ず毎日使うカードに採用した点もあるが,何よりもその便利さが分かりやすいことにあると思う。

 通勤・通学客は,人手による改札から機械による自動改札に変わった時点で,明らかに不便になったと感じていたはずだ。少なくとも私は,改札の駅員に見せるだけでよかった定期券を,いちいち定期入れから出して機械に通さなければならなくなったのを不便だと感じている。

 テレカなど定期以外のカードを自動改札機に投入してしまいばつの悪い思いをしたこともあるし,定期券を取り忘れて紛失した同僚もいる。その点,非接触型のICカードを採用したSuicaなら,定期入れから出す必要もなく,駅員にチラッと見せるというあの“改札感覚”で利用できるのだ。

 さらにSuicaでは,大量のデータを記録できるICカードの特徴を生かして,プリペイドカード機能も同時に持たせた。あらかじめ駅の機械でいくらかまとまった金額をカードにチャージしておけば,定期区間外を乗車した時に精算機の前で並ぶ必要もなく,そのまま改札を通過でき,精算額はSuicaから自動的に減額される。こちらも,ユーザーにとって得られる“御利益”が大変に具体的で分かりやすい。

 分かりやすいサービスが普及し易いのは当然で,2002年1月18日までに発行したSuicaの内訳を見ると,Suica定期券が約122万人に対し,,プリペイドカード機能だけの「Suicaイオカード」が約80万人と,約4割を定期券を持たない利用者が占めている。

かゆいところに手が届くサービスが欲しい

 Suicaのような派手さこそないが,得意の個人向けパソコンを利用して,ICカード普及活動に密かに乗り出しているのがソニーだ。具体的には,ソニーがNTTドコモなどと共同で設立したビットワレット(本社:東京都品川区)のプリペイド型電子マネー・サービス「Edy」のカードがそれ。2002年2月に発売した液晶ディスプレイ一体型デスクトップ・パソコン「バイオW」に,電子マネー・サービス「Edy」対応のカードとカード読み取り/書き込み装置「Pasori(パソリ)」を標準添付したのだ。

 EdyはSuicaと同2001年11月にサービスを開始したが,現時点で利用可能な店舗は,東京都内のショップなど50店舗,オンライン・ショッピング10種類程度にとどまっている。そのためこれまでの実績も,ソニーや東京三菱銀行などが社員証兼用で導入したケースが大半。バイオWに標準添付したことで,発行枚数が増えたというものの,2002年4月15日時点で合計7~8万枚程度という。

 現在利用可能なショップには,コンビニエンス・ストアの「am/pm」5店舗が含まれている。am/pmは全店(約1400店)への拡大を表明しているが,マネー感覚で本格利用できる環境が整うにはまだ時間がかかりそうだ。パソコン本体にカードを標準添付したソニーの狙いは,本格利用開始の時期までに,じわじわとユーザー層を拡大して行こうという作戦だろうと思われる。

 加えて,ソニーは同社製品の顧客向けにインターネット上のクレジット・カード決済サービス「My Sony Card(マイ・ソニー・カード)」を4月1日から開始した。子会社のソニーファイナンスインターナショナル(本社:東京都港区)が提供するクレジット・サービス「eLIO(エリオ)」を利用するもので,カードはEdyと同タイプのICカード。同じ装置(パソリ)での読み取りが可能で,EdyとeLIOの両機能を1枚のカードに収めることもできるという。

 これでどんなサービスが可能になるのだろうか。例えば,ICカードを装着した状態でパソコンからショッピング・サイトにアクセスすれば,ソニーの持つ顧客データベースから,そのユーザーの持っているパソコンの情報を即座に探し出し,対応する周辺機器のリストが画面に現れて,そのままオンラインで購入できる――とか。

 いや,この程度はまだまだ序の口で,ソニー製品のユーザーなら絶対飛びつく作戦を幾重にも打ち出してくるに違いない。ICカードを利用した,ソニーならでは“かゆいところに手が届くような”サービス内容に期待したい。

1枚のICカードにどこまで機能を詰め込めるか

 SuicaやEdyなどでは,ICカードの持つ能力の何パーセントくらいが実際に使われているのだろうか。逆に言うと,ニーズがあれば,ICカードには,今後もっともっと多くの機能が詰め込まれていくはずだし,詰め込むことができる潜在力がICカードにはある。
 
 クレジット・カード会社はセキュリティ面などから発行するカードをすべてICカード化しようとしているし,コンサートなどのチケットをICカードで発行するという動きもある。すでに財布をはち切れそうに膨らませている各種のカード達を,すっきり1枚のICカードにまとめることができる可能性もあるのではないか。

 具体的な動きを見ると,例えばSuicaの場合2002年4月21日から,羽田空港へ向かう東京モノレールでも利用可能になる。2002年12月に埼京線と直通運転を開始する東京臨海高速鉄道でも採用する予定。JR東日本では,今後新幹線やJRグループ他社,他の鉄道会社との共用化を進めていく考えだ。クレジット・カードとの統合なども視野に入れているという。

 さらに進めて,例えば,電車・バス・飛行機など人が乗る交通機関に関する料金支払い機能を1枚のICカードにまとめてしまおう。これで1枚のカードがあれば全国どこにでも旅行ができるようになる。ついでに,駅の売店や自動販売機でジュースやタバコを買う時にも使えるようにすれば言うことはない。

 同じように考えると,普及が遅れている高速道路のETCカードには,ガソリン・スタンドの会員カードや公共駐車場の入出場管理/料金支払いといった機能がついていれば便利だろう。やや乱暴な意見ではあるが,いっそのこと運転免許証の機能もICカードに一体化してしまえば,一気に普及が進むかもしれない。もしかすると,交通違反で検挙された時,その場で反則金が引き落とされて,あせることになるかもしれないが・・・

 ICカードが登場した当初,セキュリティ面の機能が強調されすぎたと思う。偽造対策面では効果があったが,ユーザーが享受できる利便性に大きな変化はなかったのがICカードの普及を妨げた。Suicaの登場をきっかけに,ICカードに対する機能の“足し算”が急速に進めば,世の中はもっと便利になるはずだと感じているのは私だけではないと思う。

(藤中 憲人=BizTech副編集長)

■この記事は,BizTechに4月16日に掲載したものです(記事へ)。

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