11月6日付けの日本経済新聞朝刊に「マイラインとADSLのセット割引,イー・アクセスなどが意見書」という記事が掲載された。また,弊社日経ニューメディアの11月5日号にも同様の主旨の「マイラインとフレッツ・ADSLなどのセット割引行う東西NTTに,ADSL事業者から異論噴出」(IT Proの抜粋記事)という記事が掲載された。

 読者の皆さんは,10月25日の東西NTTのセット割引の発表,それについてのIT Pro/日経コミュニケーションの報道,今回の意見書---といった一連のニュースと報道をご覧になってどのように感じただろうか。

 私は,KDDIがセット割引を発表したり,NTTコミュニケーションズ(NTTコム)がセット割引を発表した時から,誰もおかしいと言わないのを不思議に思っていた。KDDIやNTTコムに対しては,ADSL専業ベンダーやインターネット接続事業者(ISP)からの表立った反対意見はなかった。そして,東西NTTがセット割引を打ち出してから約10日間を経て,意見書が提出されたのである。「ようやく」というのが正直な印象である。

 念のために付け加えておくと,今回の問題は,マイラインプラスでの登録電話会社を市内通話と同一県内の市外通話について東西NTTにしている場合,フレッツ・ADSLの料金を10%割り引くというものである。なお,総務省のスタンスは,料金が届出制であるため,他事業者からの問題提起があれば調査し,問題ありと判断されれば料金変更命令もあり得るというものだ。今回の意見書を受けて議論が始まるわけである。

 では,なぜADSLとマイライン(電話)のセット割引が問題なのだろうか。

 まず,電話とADSLのような異なるサービスでのセット割引について考えておこう。異なるサービスのセット割引はADSLと電話だけではない。例えばKDDIは,電話と携帯電話のセット割引を提供している。ある意味でこれが前例となって,電話とADSLの組み合わせにまで波及したという側面もあるようだ。しかし,携帯電話の場合は事業者が限られており,どの事業者も大手電話会社のグループ企業である。つまり,同じ持ち駒の範囲での競争と言えるのである。

 これに対してADSLは,ADSL専業の独立系事業者が存在するし,ADSLをアクセス回線として利用する多くのISPが関係する。つまり持ち駒が違う事業者が競争するビジネスなのである。携帯電話と電話のセット割引が問題ないからといって,ADSLと電話のセット割引も問題ないとは言えないはずである。

 次に注意すべきなのは,セット割引の提供が表立って問題視されたのは,KDDIやNTTコムではなく東西NTTであるという点である。言うまでもなく,東西NTTの地域通信分野での圧倒的なシェアとADSLサービスが東西NTTのメタル回線に依存するということがベースになっている。KDDIやNTTコムの場合は,アクセス回線を持たないので,アッカ・ネットワークスなどのアクセス回線の事業者と提携しなければサービスを実現できない。無論,ISPから見れば,電話という持ち駒があることには問題もあるだろうが,問題の程度が東西NTTほどではないということである。

 他の事業者にとっても,いろいろな問題がある。例えばイー・アクセスは,日本テレコムの出資を受けている。もし,日本テレコムがセット料金を打ち出すようなことがあれば,振り上げた拳の下ろしどころに悩むことになるだろう。そういう事情から,即座に反対意見を出すわけにはいかなかったのかもしれない。さらにイー・アクセスは,関東地域で市内電話サービスを提供する東京通信ネットワーク(TTNet)にも,ADSL回線を提供している。セット割引が可能な事業者に回線を提供していることから,正面きってマイラインとのセット割引を批判しにくいという側面もあったはずだ。また,ADSL事業者のアッカ・ネットワークスにはNTTコムの資本が入っている。

 非電話会社系のISPは,ADSLアクセス回線としてフレッツ・ADSLを使うサービスを提供している。この場合,東西NTTがマイラインでのセット割り引きをしてユーザーを集めることについては異議を唱える理由はない。ましてや,東西NTTはADSLでトップシェアなのである。それだけユーザーも多いわけだ。

 こういった事業者間の複雑な関係があるために,完璧に不利な立場になる事業者が分かりにくいのは確かである。そのために,なんとなくおかしいと思う点はあっても,正面切っての反論は出にくかったのかもしれない。今回の意見提出の事業者の顔ぶれを見ても,アッカ・ネットワークスは入っていないし,KDDIや日本テレコムも入っていない。電力系地域通信事業者のうちTTNetは入っていない。

 「シェアが高いことは悪ではない。高いシェアに物言わせた行動が悪なのだ」---。これは,マイクロソフトの独占などを考えるときにもよく使われる表現であるが,今回のセット料金には,シェアの高さだけでなく,ADSL事業者が依存するメタル回線を握っているという立場,ISPやADSL事業者には提供できない地域電話をほぼ独占的に提供している立場---ということも考えるべきだと思われる。この「立場の違い」ということを意識できるかどうかが,フェアな競争かどうかを判断できるかどうかの分かれ目だと思う。

 セット料金の発表の席でNTT東日本は,「事前に総務省に相談したところ,KDDIなどの競合他社も提供しているし,電話の料金を下げるのではなく,独占ではないADSLの料金を下げるので問題ないということになった」と説明したという。だとすれば,NTT自身も「まずいかな」と感じていたのであり,総務省の判断基準の方が甘かったということなのかもしれない。あるいは総務省は,届出制の下で世の中の反応を見る方法を選んだということなのだろうか。

 今回のマイラインとADSLのセット割引がフェアかアンフェアか,ということに関しては,立場によって考え方が違うだろう。また,世の中には,多少のアンフェアには目を瞑っても,インフラやサービスの普及を優先するべきという意見もある。許容できるアンフェアもあれば,そうでない場合もある。しかし,一人ひとりがアンフェアかそうでないのかを考えることだけは忘れてはならないと思う。少なくとも,東西NTTのセット料金の発表やニュースを見て,「安くなった!」という反応しかできないようでは覚束ないと思うのだ。当のNTT東日本でさえ,監督官庁に事前に相談したのである。もっと,フェアな競争ということについて敏感になろうではないか。

(田邊 俊雅=前・IT Pro編集,現・ネットワーク局開発)