「カネが取れる何かを持っていること」「同業者との競争に勝ち残れること」「最終的にカネを出す人に対するサービス精神があること」。

 筆者は“プロの条件”とはこの三つだと思っている。以前書いた「10倍/10分の1」の視点とともに,この15年間さまざまな取材先に直接・間接にこの問いをぶつけて反応を見ている。

 ネットバブルを一度きちんと総括しておきたい,という意図のもとに『日経ネットビジネス』の最新号(6月10号)で「失敗の研究」という特集を組んだ。そこで取り上げた企業の事例を,上の3条件に当てはめてみると,たいていどれかは“アウト”だった。

 1番目の条件は,この業界では「オリジナリティのある技術」や「他社が真似できないビジネスモデル」といった内容になる。一見オリジナリティのあるビジネスモデルでも“落ち葉を札束に変える”ような,独りよがりでアイデア一発勝負のものがいくつもあった。

 「カネが取れる・・・」とは,そのサービスなり技術なりの恩恵を受ける顧客が「喜んでカネを出す」という意味だ。「この企業は,なかなかイイ線いってたんですけどね・・・」。現場の記者と議論していて,こういう説明があったときに必ず「で,その会社はどれだけ世の中の顧客を喜ばせたの?」と聞くと,「う~ん」と唸るケースが多いのだ。

ビジネスモデルあれど,ビジネスプランなし

 失敗事例をいくつか見ていて,一番強く感じたのは「ビジネスモデルあれど,ビジネスプランなし」ということだ。

 新市場開拓という名のもとに,収益構造もはっきり見えないのに多額の広告宣伝費をつぎ込んだり,「企業は人なり」に決まっているのに,使い捨てては会社から追い出すといった人事を繰り返したり,ライバルが攻勢をかけてきているのに,ブランド力を過信して何も手を打たなかったり・・・。

 もちろん,うまく舵取りができるトップがいるなら事業が行き詰まったりはしない。それにしても,最初に描いたシナリオへのこだわりが強すぎて戦いに破れた企業のなんと多いことか。先に挙げた2番目の条件である「同業者との競争に勝ち残れること」を真面目に考えたときに,“戦術”に相当するビジネスプランの部分が欠落していてはハナシにならない。

 3番目の条件「最終的にカネを出す人に対するサービス精神があること」については,少し説明が必要だろう。

 例えばプロゴルファーの世界を考えてほしい。トーナメントの賞金を直接出すのはスポンサだが,スポンサがカネを出すのはそれが広告宣伝になるからである。広告になるのはそれによって何かを買う(カネを使う)消費者がいるからだ。その消費者が憧れているのは,スポンサではなくプロゴルファーだという構図になる。つまりこの例では「プロゴルファーたるものはスポンサの顔色ばかり見ていないで一般のゴルファーにサービスすべし」ということを言いたいのである。

 これをネットビジネスに当てはめると,「経営者はベンチャー・キャピタルや投資家の顔色ばかり見ていないで,自社の顧客にサービスすべし」ということになる。IPO(新規株式公開)がもてはやされ,本来“元手”として集まったカネにすぎないのに,それをもって「成功」と位置づける風潮が強かった。それをもてはやした,われわれマスコミにも多大の責任がある。

成功も失敗も捨てられるのが「超一流」

 「どうも“本物感”が薄いですよね」。とあるベンチャー企業の社長の取材を終えた電車のなかで記者が話しかけてきた。

 「本物」とは,プロの条件は満たしているだけでなく,そこからさらに一頭抜ける何かを持っていることだ。「これがそうだ!」と,きちんと説明できない自分にもどかしさを感じながら,以前インタビューしたプロ棋士の羽生善治氏のことを思い出した。ご存じ,将棋界の第一人者である。

 筆者が“これは本物だ”とシビれたのは,「ときとして経験はマイナスになる」と言われたときだ。ある場面で「これは以前こうしてうまくいった」と思うと,そこに隠れているもっと良い手を探す努力をしなくなるし,「これは以前に失敗した」と感じてそれを避けると,“踏み込み”が甘くなってしまうという。

 成功体験や失敗の教訓が大事なのは承知のうえで,過去の栄光も痛みも捨ててしまうだけの自信と心意気が自分にはあると言っているのだ。「この先何十年もトップランナーでいることに疲れを感じたりしませんか?」と聞いたら,「まあ,他のスポーツと違ってケガもしませんしねえ」と,いかにも愚問であるという反応だった。

 ネットビジネスに話を戻すと,バブル崩壊後の新しいチャンスを業界全体が模索している。“第1次成功組”のヤフーにしても楽天にしてもそれは同じことだ。実は,この2社は,「膨大な情報をいかにデスクトップへ選別しながら運んでくるか?」という,パソコンを前提としたネットビジネスの典型例だと筆者は位置づけている。また,その枠組みのなかでは米国企業が先行したのも,パソコンというインフラを考えれば当然だと思う。

 これから先は,情報提供側も動き,情報を受ける側も動くモバイルのインフラを前提とした新しいビジネスモデルが山のように登場するはずである。いろいろ課題はあるだろうが,この分野は日本が世界に先行できることは間違いない。そこで活躍する“登場人物”が,まずは「プロ」であってほしいと思うし,できれば「超一流」を目指したいものだ。もちろんそこに記者として立ち会う私自身についても,読者の皆様においてもまた。

(渡辺 和博=日経ネットビジネス副編集長)