「自分の会社の売り上げが10倍になった姿をイメージできますか?」

 過去15年の取材経験を通じて,「これは!」と思う経営者に出会ったときに,同じ質問をし続けている。反応はさまざまで,「一体なにを言っているんだ?」という人もいるし,「うーん」と黙り込む人も多い。口八丁の経営者では「そんなことよりも目先が云々・・・」と話をそらす人もいる。具体的な「10倍のプラン」を持っている人はそういないものだ。

 これまでに聞いた答で面白かった例を二つ挙げる。1人はソフトバンクの孫正義社長で,もう1人はパソコン販売大手のソフマップ社長だった鈴木慶氏だ。ともに10年以上も前の話である。

 孫氏は,「10倍にするイメージも,その間の戦略もはっきり持っています。あまりに生々しい企業秘密なので詳しくは言えませんが・・・」と答えた。印象に残ったのは「それを考えるのは経営者として当たり前のこと」という,自信に満ちたあっけらかんとした態度だっだ。まだソフトバンクがパソコン向けパッケージ・ソフトの流通業と,一部書籍の出版を手がけていたくらいの時期である。

 もう1人の鈴木慶氏から話を聞いたのは,当時まだ20代後半の若さで,秋葉原にショップ展開を始めて日が浅いころである。彼の答は,「私個人の収入だけを考えると,会社なんて20億円以上の規模にはしません。それから先の成長では,会社というものが,金儲け以外の部分で何を,どれだけ社会に貢献できるのかが大切だと考えています」だった。

 やはり目先だけでなく遠くをきちんと見る目があるのだという印象を持った。両社とも,その後のバブルの影響は受けながらも,当時からすれば「10倍」を達成している。

「2倍」は量の変化,「10倍」は質の変化

 「10倍」の質問の意図は,「現状のビジネスモデルで規模を拡大しても2倍,3倍が関の山。それを乗り越えていくアイデアと心意気をあなたは持っていますか?」というところにある。

 最近も,ネットビジネスを手がけるベンチャー企業の社長に会って「10倍」を問いかけている。しかし,まだ印象に残る答えを得た例はない。ネットバブル崩壊以後のこの業界が抱える本質的問題は,実はここにあるのではないだろうか。

 このコラムの読者は必ずしも経営者ばかりではないだろうが,1人のビジネスパーソンとして考えてみてほしい。例えば「1カ月に1万円使っていた書籍購入代を10分の1にするにはどうするか?」。これは収入が10倍にならないなら,コストを10分の1にしつつ同じ効果を狙うこと。つまり,その予算の利用価値を10倍に上げようというわけだ。

 「どうしても必要な本以外は買わないようにする」といった「量」の変化では,コストを2分の1にできれば良い方だろう。このご時世,最初からさほど必要のない本を,全体の半分も買っている人はそういないはずだ。

 一つの回答として「図書館を徹底的に利用する」のはどうだろう。新刊書をどんどん注文して図書館に購入してもらうのだ。これなら「時間と手間」をコストとして“計上”しても,10分の1,10倍のモデルが見えてくる。

 一見,「他人のフンドシ」を利用するだけとも思えるが,冷静に考えれば「自分が払っている税金の一部を,図書館というシステムを使って書籍代に回す」という,新しい“ビジネスモデル”を導入したことになる。つまり,「質」の変化というわけだ。

 話をネットビジネス業界に戻すと,一つのビジネスモデルなり,新規マーケットなりをつかんで,ひとまずの成功をなしえた企業はいくつもある。ネットバブルの洗礼で消えていったところはさらに多い。

 問題は,成功者は「次のステップをどうするのか?」,捲土重来を期す者や新規参入組は「本当に儲かるビジネスをどう立ち上げるか?」である。

 もちろん皆が真剣に悩み抜いているのだが,「今は環境があまりにも悪い」,あるいは「当社はバブル無縁だったのでまだまだいきますよ」といった声を耳にすることが多い。攻めるにしても守るにしても,発想が直線的で「量」の議論から抜け出していないのが気にかかる(それほどネットバブルの傷は深かったとも言えるのだが・・・)。

 「売り上げを10倍にする」「コストを10分の1にする」「スピードを10倍に上げる」「利益率を10倍に上げる」。そのためには何をすべきか?

 こう考え続けることは,単なる“法螺(ほら)”でもなければ,バブル的発想でもない。ビジネスを成功させるのに必要不可欠な基礎トレーニングである。もちろん私自身についても,読者の皆様においてもまた。

(渡辺 和博=日経ネットビジネス副編集長)