あらゆる業界でビジネスのデジタル化が求められている。ただし、全ての企業が成功しているわけではない。むしろうまくいかないことのほうが多い。今回、匿名を条件に取材に応じた当事者の証言から、デジタル化の失敗パターンがはっきりと見えてきた。

 人工知能(AI)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)といった最新技術を使って、新しい業務プロセスや新規事業を生み出す「デジタル化」。多くの企業で今、こうしたビジネスの大変革が模索されている。しかし、少なくない数の企業が失敗しているのも事実だ。前回は典型的な失敗パターンを3つ紹介した。

 従来のシステム開発とは全く異なるプロジェクトの進め方を採用して暗礁に乗り上げるのも、失敗パターンの1つだ。例えば、創造的なアイデアを生み出す方法論として、米シリコンバレーなどで盛んに実施されている「デザイン思考」をいきなり取り入れても、全く成果を得られない企業がいくつもある。

パターン4:見よう見まねのデザイン思考

 「これからはデジタル化だ」。製造業C社のIT部長である宮川範彦(仮名)は最近、口癖のようにこう言う。「最新技術を活用し、顧客サービスや社内プロセスを変えよう」と部下に言い聞かせている。

 言葉だけではない。従来のIT部員にはないスキルを身に付けさせようと、「デザイン思考」のセミナーに若手社員を送り込んだ。デザイン思考は、優れたデザイナーが製品やサービスを生み出す過程からヒントを得た開発方法論の一種である。新たなサービスを生み出すといった領域に向くとされている。宮川はデジタル化に際して、このデザイン思考に飛びついた。

 宮川は自社のサプライチェーン全体のデジタル化が、変革には不可欠だと考えていた。ただし、サプライチェーンは様々な部門にまたがって構成されている。だからIT部門だけでは方針を決められない。そこで開発や生産、販売など、関連部門の責任者を本社に一堂に集めて、新しいサプライチェーンの在り方とデジタル化への移行を検討する会合を開いた。ここまでは良かったが、問題はその後だ。

 その会合の場で、デザイン思考を学んできたばかりのIT部員に、ファシリテーターを務めるように命じたのだ。現状の課題を抽出したうえで、新しい業務プロセスや顧客サービスのアイデアを生み出すのが会合のゴールである。しかし、一度セミナーを受けたくらいで、部下がデザイン思考を用いたファシリテーションを実行できると考えた宮川の考えは甘すぎた。

 当然ながら、会合は出だしからつまずいた。「既存のサプライチェーンを顧客目線で一から見直そう」。ファシリテーターがそう切り出すと、参加者は一斉に冷ややかな反応を示した。

 「新しい取り組みを始める?その前に現状の課題が山積みでしょ。デザイン思考だか何だか知らないが、今の顧客データベースをもっと使いやすくできないの?そのほうがよっぽど、顧客のためになる、いい提案ができるよ」。営業部長が既存システムの使い勝手の悪さを口にすると、ほかの参加者もここぞとばかりに、IT部門に改善要求をぶちまけ始めた。

 この日は結局、既存システムへの不満が噴出しただけで終了。デジタル化の議論はどこへやら。単に既存システムの使い勝手の悪さを指摘されるだけのダメ出しの場になってしまった。

 宮川は、デザイン思考のファシリテーションのやり方を学べば、新しいアイデアが生まれると簡単に考えていた。そこに問題があった。新しい方法論を一朝一夕で使いこなせるようになるわけがない。

 宮川以外にも「デザイン思考に対する過度な期待や誤解が広まっている」と話すのは、デザイン思考のコンサルタントをしている石村正紀(仮名)。石村は企業がデジタル化を推進する際の手段として、「はやりのデザイン思考に飛びつく企業が後を絶たない」と漏らす。

 石村が最近持ちかけられたのは「ERP(統合基幹業務システム)をグローバル展開するため、導入に反発している現地法人に対してガバナンスを強化したい。デザイン思考で解決策を導き出してほしい」という案件だった。

 話を聞くなり石村は「本社のERPを海外にも展開するなら、導入を現地に強制するか、導入できない理由を一つずつ解消していくしかない。それはデザイン思考で解決するような問題とは性質が異なる。デザイン思考を使えば、どんな問題でもスムーズに解決できるわけではない」と伝えた。石村は大きな勘違いをしているその製造業からの依頼を断った。

この先は日経クロステック Active会員の登録が必要です

日経クロステック Activeは、IT/製造/建設各分野にかかわる企業向け製品・サービスについて、選択や導入を支援する情報サイトです。製品・サービス情報、導入事例などのコンテンツを多数掲載しています。初めてご覧になる際には、会員登録(無料)をお願いいたします。