コンピュータを使って、目に見えないものを見る。HMDを装着すれば、その場にいるのと同様の「没入感」を味わえる。完成前の建造物の中も自由に歩き回れる。現実では不可能な恐怖体験を表現する事例も現れた。
HMDは、没入感を持ってコンピュータで再現した世界「データワールド」に入り込み、動き回る体験ができるメディアスーツだ。まだ存在しない現場へ移動したり、現実では難しい危険な体験も可能だ。土木や建設、不動産などの現場で活用が始まっている。
工期遅れを無くし、原価圧迫を防ぐ
2016年3月、北海道札幌市内にある温泉地「定山渓」に1本の水管橋が完成した。ダムから引いた水を通す「水管」を設置するための橋で、札幌市内に導水路を敷くために作られた。定山渓から引いた水管はこの橋を使って、2020年度までに設置される予定である。
この水管橋の工事に、HMDによるVRを活用したのが、土木工事を手掛ける一二三北路(ひふみきたみち、北海道・札幌)だ。
「土木工事の現場作業は常に事故と隣り合わせ。事故が発生すると少なくとも1週間、長ければ数カ月にわたって工期が遅れてしまう。人件費や重機の利用費などがかさみ、原価の圧迫につながる」と同社 土木工事部の坂下淳一課長は説明する。
工期遅れにつながる事故を防ぐには、危険な作業や無理な手順を無くす必要がある。その事前検討のためにVRが活躍した。作業担当者は現場で作業に取り掛かる前にHMDを装着して、VR映像で現場の様子を確認。搭載する加速度・角速度センサーで、装着者の頭部の動きを検出し、リアルタイムに映像に反映させる。
どの場所が危険か、現場では無理な作業手順は無いか、などを現場に行く前に確認した。無理な作業手順では、事故が発生する可能性が高くなる。水管橋の工事では「1カ月に2~3回程度の頻度で合計14回、VRを使って事前確認させた」(坂下課長)。その効果もあり、無事故で工期通りに完了できた。
測量などを手掛ける岩崎(北海道・札幌)が、VRを使った現場体験システムを構築した。「工事での作業手順の策定で手戻りを減らせた」。同社 企画調査部 企画開発グループCIMチームの真柄毅課長代理は振り返る。
VR映像は設計図を基に作った。まず設計図をCGで3Dデータを書き出す。3Dモデリングソフト「SketchUp」を使う。橋の完成形と建設途中の様子の3Dデータをそれぞれ作成した(写真2、図4)。
具体的には、クレーンなどの重機が作業する「作業溝台」を設置させた3Dデータ、水管橋を設置した3Dデータ、水管を設置して完成させた3Dデータを作成した。
これら3Dデータを基にしたVR映像の作成には、3Dゲーム開発環境の「Unity」を使った。オキュラスVRの開発用HMD「Oculus Rift DK2(Development Kit 2)」に対応している、無償版で試験運用してきた、などがUnityを採用した理由だ。
工事全体の流れを、それぞれの作業担当者が確認するのにも役立った。全体の施工管理は一二三北路が担当するが、個別の作業は下請け業者が請け負う。クレーンなどを設置する作業溝台を担当する業者、鉄筋工事の業者などだ。各業者が入れ替わりで作業する。
これまでは、現場の作業手順や流れを明確にイメージできているのは、施工管理の担当者だけだった。「個々の作業担当者は、全体の作業手順を見渡すことが難しい」(岩崎 企画調査部の木下大地取締役部長)。VR映像で作業担当者が作業を疑似体験し、工程全体を理解させて、事故の要因を減らす。