人間が人工知能の指示に従って働く――。金融、サービス、医療、法律、教育など様々な分野でそんな働き方が当たり前になり始めている。数年前なら「SF」でしかなかった世界を、我々は生きている。
金融とテクノロジーを融合する「FinTech(フィンテック)」は、ITの世界で最も注目を浴びるキーワードの一つだ。FinTechが急速に広がりつつある状況こそ、「シンギュラリティ前夜」を象徴するものだ。FinTech先進国の米国では、これまで人間しかできなかった融資の審査を人工知能(AI)が担う新興ローン会社が続々登場している。
代表的な1社が米ゼストファイナンスだ。米国の一般的なローン会社は、クレジットカード利用履歴を基に算出した「FICOスコア」を使って融資を審査している。これに対して同社は、FICOスコア以外の様々なデータをAIが分析して融資を審査する。
分析対象のデータの種類は7000種類にも及ぶ。その中には消費者のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での行動や、ローンを申し込む際にWebサイトで行った情報入力の仕方なども含まれる。例えば「申し込みフォームに大文字だけを使って入力する人は、大文字と小文字を組み合わせる人に比べてリスクが高い」などと判断する。
従来のローン会社はクレジットカードを持たない消費者への融資を審査できなかった。同社はクレジットカードを持っていない学生などにも融資が可能だという。
同社は自社で「zestcash」や「BASIX」というローン事業を営むほか、米国の中小金融機関や中国のローン会社に、融資を審査するAIを提供する。金融機関の融資担当者や債権回収担当者が、AIの助言を頼りに顧客のリスクを見極める時代が始まっている。
人間がAIの指示で働く――。一昔前なら「SF」としか思われなかった働き方が、米国で当たり前になり始めている(図1)。
人工知能があらゆる産業を変革
一般人のドライバーが自家用車を使ってタクシーサービスを提供する「uberX」。ドライバーに「街のどこを走れば売り上げを増やせる」と指示するのは、運営元の米ウーバーテクノロジーズが開発したAIだ。街のタクシー需要をリアルタイムに予測し指示を出す。
AIは過去の売り上げデータや、仮想的な都市の中で実行したタクシー運行シミュレーションの結果を「機械学習」して需要を予測する。その精度はデータが増えるに従って向上。米ニューヨーク市におけるuberXドライバーの実働時間(顧客を乗せて走る時間)は、2012年は1時間当たり16分だったが、2015年には32分に改善した。顧客がいそうな場所にドライバーが先回りしている証拠だ。