シンギュラリティが本当に到来するかどうかは、まだ分からない。人工知能が人間の知能を超えるのも、早くて数十年後のことだ。しかし人間とAIの関係は、既に猛烈な勢いで変わり始めている。AIと共に進み始めた人々の姿を紹介しよう。
人間拡張の時
2015年11月、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが自身のFacebookページに1本の動画を掲載した。
登場するのはスマホを手にした目の不自由な女性。女性に対してスマホのFacebookアプリが合成音声で語りかける。「友達が昨晩、写真をアップロードしました。写真には外、雲、葉っぱ、木々が写っています」。同社の人工知能(AI)が画像の被写体を認識し、女性に読み上げている。
AIによって人間の能力は拡張され、不可能だった様々なことが実現可能になる──。これが一つ目の進化の形だ。
「プログラミングができない個人投資家も、プログラミングが可能になる」。個人投資家向けツール「Capitalico」を提供するAlpacaDBの横川毅CEOはこう語る(図10)。
同ツールでは、個人投資家は相場の値動きを示す「チャート」の図の中から、投資の判断材料として着目したい「値動きのパターン」を指定。ディープラーニングを使って開発したパターン認識AIが、類似した値動きパターンを見つけ出す。
機関投資家などが行う「アルゴリズム取引」では当たり前の自動化手法だが、「従来は、着目したい値動きのパターンをプログラムに落とし込む作業が必要だった」。同社の原田均CTO(最高技術責任者)はそう語る。AIがその作業を不要にしてくれるというわけだ。
パート1で紹介したエンリティックのデータサイエンティスト、レウォン・チャイルド氏は「AIを活用することで、人間の放射線技師は従来の何十倍ものレントゲン写真を診断できる。発展途上国に住む貧しい人々も、レントゲン診断などの恩恵を受けられるようになる」と語る。
「機械が人間の仕事を奪う」という懸念は高まっている。しかしそもそも、医療や法律相談、融資、プログラミングなど「人間による高度なサービス」を受けられているのは、全人類のごく一部でしかない。AIが人間の能力を拡張することで、貧しい人々により多くのサービスが行き渡るようになる。