今回から育児休業を取得した4人のイクメンSEのインタビューを掲載する。トップバッターは2015年2月から2カ月間の育休を取った日立製作所 情報・通信システム社 全国公共システム第一本部 学術情報システム部 主任の林昌範さんだ。プロジェクトリーダーとして顧客システムを開発保守する林さんは時に徹夜もいとわず働く、いわゆる「SE」だ。

 日立は前回記事の最後で触れたように男性SEの育休取得がまだまだ珍しい。そんな中で第一子を授かった林さんだが、育休を希望する期間と仕事のピークが重なった。長期に現場を離れることで周囲に迷惑をかけてしまう“申し訳なさ”があった半面、「妻を助け、一緒に子育てをしたい」との思いは強かった。育休取得の半年前に上司に相談を持ち掛けるなどの早目の行動が奏功し、周囲の理解と助けを得ながら希望通りの育休期間を過ごせた。

(聞き手は井上 英明=日経コンピュータ


普段のお仕事ぶりを教えてください。

 2002年に入社して、現在14年目です。プロジェクトリーダーとして大学などの文教分野の顧客を担当しています。サーバーやネットワーク、数百台、数千台規模のパソコン教室、メールシステムやWebシステムといった、システムのインフラ部分の構築・保守が主な業務です。提案するケースもあれば入札案件を落札するケースもあります。

 2〜3人のチームを引っ張り、契約やスケジュールの管理のほか、実際に手を動かすことも少なくないです。パソコンの箱出しからディスクのフォーマット、ケーブル配線のための床はがしまで何でもやります。関東圏の顧客が中心ですが地方にヘルプで行くこともあり、平均すると月の半分ぐらいは席にいません。帰りは基本的に遅いですね。忙しいときは徹夜もします。

相当忙しいですね。育休はいつ取られましたか。

 今年の1月末に第一子の男の子が生まれ、2月から3月まで2カ月間の育児休暇を取りました。そもそも「育休を必ず取る」という気持ちではなかったんですよ。ただ(妊娠が分かってから)夫婦で話す中で、2人で育てたいという思いが強くなり、妻も私の育休を望んでいました。というのも、妻は遠方の実家より今住んでいる東京で生みたいと希望していたんです。妻のお母さんは(育児に)来てくれると仰ってくれていましたが、1カ月も実家を不在にするとお父さんがかわいそう。もともと私が家事を多少手伝っていたのもあったので、私がいれば多少は助けになりますし、育児に携わるいい経験もできると、考えを固めました。安定期に入ってすぐ、2014年の8月中旬に上司に相談しました。

2カ月と決めたのはなぜですか。最初はもっと取ろうと思っていたのですか。

 最初は1カ月かなと思っていましたが、上司に伝えたのは2カ月でした。

 休みを何週にするのか、何カ月にするのか、1年取るのか。期間で一番悩んだ要因は、「いない時間が長ければそれだけお客様や周りに迷惑をかけてしまう」ということでした。結果的にお客様にそこまでご迷惑をかけることは無かったと思っているのですが、とにかく迷惑をかけてしまうことが懸念事項でしたね。自分の評価がどうこうというのは考えていませんでした。2カ月と決めたのは、妻のつわりが終わらなかったんです。体重が減ってしまって見るからに細くなってしまい、それで出産後に体調がどう戻るかのか心配でした。生んで3週間はもちろん安静にしていなくてはいけない。そこで1カ月で復職っていったら、できればやっぱりもうちょっと様子を見たいと思ったんです。

 会社に相談してどうしても1カ月じゃなきゃダメだと言われたら、そこはまた相談かなと思ったんですけど、まずは希望としては家庭を優先したいとお願いした次第ですね。結果的に妻は出産直前までつわりが続き、生んで数カ月ぶりに笑顔が見られたという感じでした。減った体重は戻らず、胎児で増える分を合わせて妊娠前の体重とプラマイゼロでした。