人間関係や転職の悩みは、話す相手が身近な人間であるほど、打ち明けるのも、きちんと受け止めるのも、かえって難しくなるものなのかもしれない──。筆者は数年前、「産業カウンセラー」の資格保有者とやり取りして、そう感じたことがある。

 産業カウンセラーとは、心理学の講義や、カウンセリングの模擬演習などの講習を受けた後に、試験で認定される民間資格だ。直ちにメンタルヘルスの専門家と見なされるような高度な資格ではないが「職場でのメンタルヘルス問題に気づきやすくなる」「傾聴の訓練を通じてコミュニケーションスキルが向上する」といった効果があると言われ、会社勤めのビジネスパーソンが取得するケースが多いとされている。とあるメーカーのコールセンターを取材していたところ、対応者の名刺にこの資格が印刷されていたのだ。

 そのときこんな質問をしてみた。「産業カウンセラーの資格を取得していると、職場の同僚の悩みを受け止めて解決を早めるのに役立つでしょうか」。肯定的な答えが返ってくるのかと思いきや、そうではなかった。「そうでもないんですよ。普段からその人の振る舞いを見ているだけに、悩みを聞いているとついいろいろ言いたくなってしまって、どうしてもじっと『傾聴』できないんです。また、直接利害関係がある人の相談に乗ることは無理があります。全然違う部署の人の相談なら、うまく対応できるとは思うのですが」。

 なるほど、そういうものなのか。その瞬間、なぜ世間では「カウンセラー」という職業が必要とされるのか理解できた気がした。普段は接点が無い、遠い関係の人だからこそ、素直に打ち明け、受け止めてもらえることがあるのだろう。そんな聞き役も必要なのだ。

 ここまで文章を書いてから、ふと筆者自身の体験を思い出した。ずいぶん前、取材がきっかけで親しくなった人から「コーチングの研修を受けているので実験台になってほしい」と頼まれた。飲み代をおごるという甘い言葉につられ、さもしくも気軽に引き受けて出向いた筆者に、その人は「職場での困りごと悩みごとを打ち明けてください」という。

 間抜けな話なのだが、このときになって初めて考え込んでしまった。困りごとや悩みごとはもちろん抱えているものの、それを生々しく打ち明けるとなると、取材先の知人は関係として近すぎると感じたからだ。そのときの気分を理路整然と説明できないのだが、余計なことをしゃべりすぎてしまわないか、秘密は守られるだろうかといった心配から心理的なブレーキをかけていたように思う。

 極めて抽象的にしか悩みごとを語ろうとしない筆者に対し、その人はコーチングのスキルをここぞと発揮してあれこれ質問を重ねてきた。だが結局、口が重いまま筆者はしどろもどろに実験台の役割から逃げたのだった。

 そうした見聞を振り返ると、相談相手のチャネルは多ければ多いほど良いのは間違いない。「仕事内容をよく知っている社内の人にこそ打ち明けたい」「ごく近しい親友にこそ聞いてもらいたい」という相談もあれば「匿名で普段は関わりのない人にだけ打ち明けたい」という種類の悩みがあることも、当然の話だろう。

伝統のコラム「悩むなら聞け」が再開

 そんなわけで、匿名で投稿できるからこそ打ち明けられるような悩みは、ITproのコラムが引き受けます、というのが本稿の趣旨だ。2011年4月以来、休止してしまい、「selfup」カテゴリー担当引き継ぎの宿題にもなっていた「続・奥井規晶の悩むなら聞け!」を再開することになった。再開第1弾の記事を本日公開した(「草食系男子の上司との人間関係で悩んでいます」)。

 胸を張って再開をお伝えしたいのだが、実はまずお詫びしなければならない。諸事情により長期休載となった際、2011年春に投稿していただいた数件の相談について未回答のままになっていた。匿名の投稿者に直接お伝えする術が無いので、今か今かと回答を待ちわびた方がおられることに、この場を借りて深くお詫びさせていただきたい。それらも遅まきながら奥井規晶氏にお伝えし、早々に回答を掲載する準備を進めている。

 ITpro上で最初に載った2006年11月22日付の「昇格して不安。私なんか,リーダーにはふさわしくないのに…」から昨年までおよそ5年にわたり、奥井氏のこのコラムは54本の回答を掲載してきた。

 担当編集者としては、本コラムを単なる読み物ではなく、「社内では吐き出せない悩みの持っていきどころ」として認知してもらえれば、と願っている。「自分の悩みをこっそり受け止めてもらえる窓口がある」というだけでも、ストレスや悩みに苛まれたとき、その閉塞感が和らぐかもしれない。そんな思いもある。

 もちろん掲載はすべて匿名で、年齢の表記も慎重を期して「30代前半」など従来より抽象化しようと思う。投稿時の質問内容がかなり具体的だった場合も(相談時の記述は具体的なほうが回答しやすい)、個人の特定につながりかねない情報は刈り込んだうえで掲載するつもりだ。

 また、これまでの投稿を見ると、比較的多いのは30代からの投稿だったが、本コラムには年齢制限はない。40代、50代からの投稿も歓迎している。経営者からの相談でも構わない。