ITベンダーにとっても、ユーザー企業にとっても、BIは極めて難しいテーマだ。なんせ売る方も買う方も、「インテリジェンス」の意味が分かっていない。実は、エラそうことを書いている私も分かってなかった。BIを「ビジネスのインテリジェンス(情報)」と理解してはいけなかったのだ。正しくは「ビジネスにおけるインテリジェンス」である。

 それに思い至ったのは、先のIT Japan 2011で外交ジャーナリストの手嶋龍一氏の講演を聞いたからだ。話自体はITと直接関係がなかったが、米国のオバマ大統領がビン・ラディン容疑者のアジトを急襲することを決断したくだりの話が、とても示唆に富んでいた。日本語では、インフォメーションと同様に「情報」と訳すしかないインテリジェンスの真の意味が明確になったからだ。

 手嶋氏によると、インテリジェンスとは国や組織のリーダーが決断するのに必要な決定的な情報のことだ。例えば米国なら、クライアントである大統領から伝えられた関心領域に対して、情報サイド(CIAなど)が一般情報であるインフォメーションを収集し、その真贋を判別し、分析を加えたうえで、大統領に報告する。その報告される情報がインテリジェンスである。

 この講演にインスパイアされてBIを考えてみたわけだが、その結果、私はBIの意味を正しく分かっていなかったことに気がついたのだ。私はBIをそのまま読み下して「ビジネスの情報」と捉えていたのだが、正しくは「ビジネスにおける、決断に必要な決定的な情報」と理解しないといけなかったのだ。

 まず前提として、決断や意思決定の無いところにBIは存在しない。業績を眺めるだけならBIは要らないし、役員やマネジャーであっても決断できない人にBIは不要だ。決断する人の意思決定に必要な情報である以上、そのインテリジェンスは正確であるだけでなく、その人向けにカスタマイズされていなければならない。しかも、決断の場、つまり何らかの業務プロセスに組み込まれている必要がある。

 さて、そんなところから情報システムとしてのBIを考えるとどうだろう。米国企業なら、意思決定はいわゆるオフィサー以上の幹部の仕事だから、こうした幹部たちの間で共有するBIシステムが極めて発達した。例えば、日常茶飯事に行われている解雇やリストラの意思決定では、ERPに蓄積された業績のパフォーマンス情報が決定的な意味を持つ。

 一方、日本企業の場合、日常業務では現場にかなりの意思決定権を降りており、大きな意思決定でも現場からのボトムアップが重視される。したがって、米国型のBIシステムはこれまであまり普及しなかったし、現場での意思決定に使う予実表を作成するExcelが“最強のBIツール”などと言われたりした。

 ただ、これからはどうか。日本企業の中には、米国流のトップダウン型の経営を実践する経営者も増えてきた。意思決定できない中間管理職も随分排除された。依然として決断できない日本政府にはインテリジェンスは無用の長物だが、日本企業にはビジネスインテリジェンスがそろそろ有用かもしれない。