5年も前のことだが、ある大手企業のCIOが「NTTデータあたりに頑張ってもらわなければ困る」と話すのを聞いたことがある。その企業は「超」が付くほどのグローバル企業で、CIOの発言はグローバルパートナーとなり得るITベンダーが日本に存在しないことへの危機感の吐露だった。それが今や、NTTデータが米国の“ミニNTTデータ”を買収することを決めるなど、ITベンダーの海外展開が熱を帯びてきた。そうなると天邪鬼な私は、国内IT産業の空洞化を心配してしまうのだが・・・。

 NTTデータが買収するキーンは、売上高が約654億円で従業員が1万2500人 とそれなりの事業規模を持つ。しかもITサービス業をなりわいとしており、事業構造がNTTデータと似通っているのだそうだ。だからNTTデータにとっては、これまでの小粒の海外ベンダーの買収とは質的に違う。明らかに、海外市場の開拓に本気モードになったと言ってよい。

 グローバル展開にアクセルを踏むのは、何もNTTデータだけの話ではない。富士通、NEC、日立製作所をはじめ、大手ITベンダーのほとんどが海外でのM&A先を血眼になって探している。少し前までドメスティック企業の代表格だったITベンダーが豹変したのは何故か。あるITベンダーの経営トップが解説してくれた。「大手のお客さんは皆、IT投資の軸足を海外に移すと言っている。国内のIT市場はジリ貧だ」。

 確かに、いつまで経っても国内のIT投資がイマイチなのは、単に円高の影響などで景気が冴えないからだけではない。以前書いたような「クラウド不況」の側面もあるが、ユーザー企業が海外での設備投資や企業買収を活発化させていることで、必然的にIT投資も海外に移り始めているからでもある。これも前に書いたが、実際、国内でのIT投資の抑制基調と対照的に、中国など新興国ではセキュリティの強化といった名目で大型のIT投資を行う日本企業が増えている。

 というわけで、ITベンダーもグローバル化に必死になった。今までの「グローバル化」のように、ユーザー企業の海外拠点をサポートする「あなたに付いて行く」型の取り組みとは質的に違う。国内市場がジリ貧なら、海外に現地企業も含めた顧客基盤を作らなければならないからだ。

 日本のユーザー企業だって、現地に顧客基盤の無い、つまり現地でのITサービスの実績のないITベンダーに、これからのIT投資やシステム運用を任せたくないだろう。冒頭のCIOも、「本当はリスク分散の観点から日本のITベンダーにも発注したいが、グローバルサービスのノウハウや知見のない企業には発注できない」と嘆いていた。日本のユーザー企業のパートナーであり続けるためにも、世界に顧客基盤を持たなければならないわけだ。

 だから、ITベンダーは顧客基盤を買い、グローバルサービスのノウハウや知見を買い、そして時間を買うために海外でのM&Aを狙う。ちょっと動き出すのが遅すぎた感はあるが、今の円高を追い風にすれば優良案件を獲得できる可能性があり、何とか間に合うだろう。特に中国のIT市場はこれから伸びる。獲得した現地のITベンダーに、日本流のきめ細かなITサービスを移植していけば、中国での飛躍が期待できる。

 では、国内市場の将来はどうか。ジリ貧の可能性が高いと言っても、日本のユーザー企業の本社は国内にあるわけだから、顧客の経営課題にきっちりと応えられる上流工程の力を磨いていけば、それほど酷いことにはならないはずだ・・・。

 ただ、ユーザー企業は情報システム部門の本体を海外に移す可能性もある。ユーザー企業が海外企業をM&Aしたら、その企業のシステム部門が優れていて、そちらを中心にシステム部門を再編するかもしれない。さらに、政府の経済面の無策、大企業への税金面でのしわ寄せなどが何とかならないのなら、これからは本社そのもののを海外に、なんてケースも想定せざるを得なくなる。

 うーん、やはりITベンダーが国内だけに留まっていれば、明るい未来は見えてこない。成長がなければ、投資家に見放されて株価が低迷する。そうすると、今の円高局面が修正されれば、逆に海外ITベンダーによってM&Aされる可能性もある。特に、成長のために日本流のITサービスのノウハウや知見を喉から手が出るほど欲しい中国企業が買収に乗り出すことは、大いにあり得ることだ。国内に残る者には、厳しい未来が待っていそうだ。