先日、日本Androidの会に設立された「デ部」の第一回ミーティングを取材する機会があった(「コミュニティで本格アプリを開発」、日本Androidの会「デ部」が始動)。「デ部」とは、日本Androidの会に先日設立された「Androidデベロッパー倶楽部」の通称である。

 「デ部」は「ガチでAndroidアプリケーションを開発するグループ」(デ部)だ。アプリケーションだけでなく、モーション検知や通信、GUIなどのライブラリも作り、共有する。習作を作るつもりはない。デ部に参加しているのは、iモードメール・クライアント「IMoNi」や日本語入力アプリ「Simeji」などAndroidの著名アプリケーションの作者だ。

 Androidは、iPhoneの次のスマートフォン・アプリケーション市場として多くの企業が参入のタイミングをうかがっている。そんな中で、現在ではまだ市場は小さいとはいえ、トップレベルの開発者が休日に集まってわいわいがやがや言いながら、コミュニティでアプリケーションやライブラリを開発している。ミーティングはUstream.tvやTwitterで実況され、議論されたアイディアなどは誰でも参加できるメーリングリストで公開されている。アプリケーションは有料で販売されるものも出てくるかもしれないが、ライブラリなどのソースコードは公開されるものと見られる。

 また組み込みシステムへのAndroid普及を目指す団体OESF(Open Embedded Software Foundation)では、組込みシステム向けに拡張を行った、Androidのディストリビューション「Embedded Master」を開発しており、一般にもオープンソース・ソフトウエアとして公開される予定だ。

 将来大きく成長すると目されるマーケットで、我先に製品を投入するよりも、まずコミュニティによる共同開発が進んでいる。これはいったい、どういったことだろう。コミュニティが生む経済価値について改めて考えた。

情報発信、人的ネットワークが生む価値

 記者はITproでオープンソース・サイトを担当している。そのため、コミュニティのイベントにはよく出かける。オープンソース・カンファレンスやソフトウエアのユーザー会、勉強会など、様々なイベントが日々行われている。有志がボランティアで運営しているIT勉強会カレンダーを見ると、毎日数件、週末ともなれば十数件のイベントが行われていることがわかる。

 記者がコミュニティ・イベントに感じる魅力は、所属する企業などの立場を離れて、自由な立場で話ができることだ。特にオープンソース・ソフトウエアの場合、コミュニティ・イベントの講師となるのはそのソフトウエアの第一人者であることが多い。クラブ活動や学園祭のくだけた雰囲気の中でさまざまな人と話をできることは、一言で言って楽しい。

 聴講者は情報を吸収できる。情報を出す側の発表者のメリットは、発表することで自分の知識を整理し広げられること、自分の技術を証明できることだ。得意分野を作りそれを示すことで、代替のきかない、使い捨てされない技術者になり、自らの付加価値を高める手段と言える。

 企業の壁を越えた人的ネットワークを作ることができるのも、参加者にとってキャリアアップやビジネスの機会を広げるためのメリットだ。カーネル読書会を主宰するよしおかひろたか氏は、シリコンバレーでは技術者が会社や組織の壁を越えて自由に議論するミーティングがあちこちで行われており、日本でもそのような場を作りたくて読書会を始めたという。Googleのような、短期間で多数の人材を集めるダイナミズムは、シリコンバレーのそのような人的ネットワークによって支えられているのかもしれない。

共同開発が生んだ巨大な経済価値

 デ部やRubyコミュニティ、Sesasarコミュニティ、Linuxコミュニティのようなソフトウエアを作り出すコミュニティの生み出す経済価値は今さら言うまでもない。

 デ部は、「エージェント」「モーション(動きの検知)」「通信(BluetoothやWiFi)」「音」「UI部品」「GUI」の6テーマで開発を進めている。iモードメール・クライアント「IMoNi」開発者のえがわ氏と、日本語入力アプリ「Simeji」開発者のadamrocker氏の2人の部長のほか、「ポケナビ with 羅針盤」(Mashup Awards 5 部門賞受賞作品)の作者Lionas氏、 AR(拡張現実)ソフト「ウキウキView」の作者で、GoogleのAndroid Developer Challenge 2(ADC2)入賞作「スポットメッセージ」(関連記事)のプログラミング担当の近藤昭雄氏、Bluetoothすれ違い通信アプリ「すれちがったー」の作者ますいそうすけ氏、ADC2入賞作「FxCamera」作者のやました氏、録音アプリRECOROID(カヤックが公開)プログラミング担当のKaa氏らが参加している。現在、メーリング・リストへの参加者は90人近くになっているようだ。

 OESFが開発しているAndroidのディストリビューション「Embedded Master」ではSIPやRTP、NGNスタック、地デジやCATVの視聴、BML、EPG番組予約、ハイビジョン動画コンテンツの再生、DLNA/UPnPスタック、カーナビゲーション・システム向けの機能の組み込みを進めており、現在はOESFの会員に向けて公開されているが、将来は一般にもオープンソース・ソフトウエアとして公開される予定だ。

 これだけのメンバーが共同開発に集まるのは、AndroidがLinuxとJavaをベースにしたオープンソース・ソフトウエアであることが大きな要因なのだろう。Linux、Javaともに、多くの技術者がオープンソース・ソフトウエアとして書いたコードによって成長してきたという歴史がある。それらは、個々の技術者や単一の企業では実現しえないものを作り上げてきた。

 The Linux Foundationは、Linuxを一から作るには108億ドル(約9600億円)かかると試算している(関連記事)。工数がかかっているからといって、開発コストに見合う経済価値が生まれるとは限らない。そのソフトウエアを活用する企業やユーザー次第だ。だが、サーバー、携帯電話やテレビなどデジタル家電を含めれば、少なくとも年間数千万台のLinux搭載機器が出荷されている。これを考えれば、Linuxが108億ドルの経済価値を生んでいても不思議はないような気もする。

 企業の垣根を越えた共同開発が進むAndroidを見ていると、将来そこから生まれる価値はスケールの大きなものになりそうな予感がする。

自社の社員が参加することのメリット

 最後に、企業にとって、社員がコミュニティに参加することはどのようなメリットがあるだろうか。ソフトウエアを開発するコミュニティであれば、開発に参加することで、企業が必要とする機能を組み込むなど、要望を実現しやすくなる。オープンソース・ソフトウエアであればコミュニティに参加しなくとも機能を追加することができる。しかしコミュニティに参加して本体に組み込まれるようにすれば、バージョンアップのたびに追加しなおさなくともよくなり、また多くのユーザーにレビューやテストさえるため品質も向上する。

 コミュニティへの参加により、社員が新しい技術を習得したり、刺激を受たりして成長することもメリットだ。IT企業には、社外からも参加できる勉強会を主催したりしているところも多い。優秀な技術者を集める狙いもあるのだろう。もちろん自社の技術者を引き抜かれる恐れもあるが、意義を感じられる仕事と待遇を提供できる企業であれば、優秀な技術者が集まってくるはずだ。