1990年代末に「IT革命」という言葉が盛んに叫ばれた時期があった。IT(情報技術)を使えば、情報の流れが速まり、企業内外で起きていることが即時に共有され、効率が上がって経営判断の精度も高まる――。そう思われた。

 しかし、現実はどうだっただろうか。2008年9月に起きた「リーマンショック」に端を発した世界不況で、業績が急激に悪化する企業、経営破たんに至る企業が相次いだ。リーマンショックの直前までは、庶民の実感としては不景気でも、企業業績を見る限り絶好調だった。それが“暗転”してしまった。トヨタ自動車の連結純利益は2008年3月期に1兆7178億円の黒字。それが、2009年3月期には一気に4369億円の赤字に転落した。2010年3月期も多額の赤字が出そうな情勢だ。

情報システムは不況の「先読み」に役立ったのか?

 自動車メーカーなら、販売店での商談が停滞している、商談が進んでも自動車ローンの審査が通りにくい、など暗転の兆候はあっただろう。ITを駆使すれば、それが自動車メーカーに伝わり、部品メーカーに伝わり、即座に生産調整をかけられるはずだ。こうしたことは、インターネットの普及やコンピュータ価格の下落で、10年前に比べてはるかに低コストで実現できる。実際にこの10年間、企業はこうしたことを目的にERP(統合基幹業務)パッケージやCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)などを使って情報システムを進化させてきたはずだ。しかし、実際には急激な経営環境の変化に、こうしたシステムは役に立たなかったようだ。

 一方で、ITを駆使して堅実に売上高と利益を確保した「情報を活かす組織」も存在する。筆者が『日経情報ストラテジー』の記者として取材した食品トレー製造最大手のエフピコや、駐車場運営最大手のパーク24がその典型だ。エフピコについては同誌2010年3月号(2010年1月29日発売)の特集「情報を活かす組織」で詳細な事例記事を、パーク24については2010年2月号(2009年12月29日発売)でCIO(最高情報責任者)の川上紀文氏のインタビュー記事を掲載している(ITproにも数年前に取材した時点での短めの記事を公開しているので参照されたい。関連記事1=エフピコ関連記事2=パーク24)。

 エフピコもパーク24も極めて地味な企業だ。内需依存型企業で海外売り上げはほとんどなく、新興国成長の恩恵も乏しい。2社が対象としている市場は国内でも成熟段階で、大きな成長を期待できる状況ではない。

 エフピコはスーパーの総菜や肉・魚などのパックに使われるプラスチック製の食品トレーを製造している。製品は1個1~3円といった価格で、高価なものでも1個十数円だ。金型さえあれば比較的簡単な工程で作れるため、競合メーカーも多い。市場環境も良好とはいえない。顧客であるスーパーは激しい価格競争にさらされていて、業績不振の企業も多い。それなのに、2009年3月期は連結売上高1282億円、経常利益92億円で、いずれも過去最高だった。2010年3月期も最高益更新を見込む。

 パーク24の駐車場運営に至っては、土地さえあれば誰でも参入できる事業で、個人経営を含めて何万もの競合業者が存在する。自動車販売不振や若者の自動車離れの影響とも無縁ではない。それなのに、2009年10月期は連結売上高953億円、経常利益98億円で、ともに前年同期比20%近い伸びだった。

情報の収集・分析で需要を作るには?

 これらの企業がほかの企業と違うのは、事業の合理化・効率化のためだけに情報システムを使うのではなく、事業環境の変化を「先読み」するために情報システムを使っている点だ。

 具体的には、エフピコは実際に自社製食品トレーに刺身や総菜などを乗せて売られている売り場を回って、販売価格が前年に比べてどの程度下がっているか、高級品と一般品の比率はどうなっているか、陳列の仕方はどう変化しているか、といった情報を収集・分析する情報システムを活用している。これによって、例えば「今度のクリスマスシーズンには、3980円のパーティー用オードブルセットよりも、980円の1品物の総菜を2個売るほうが現実的だから、それに使うトレーを提案しよう」という戦術を考えて実行する。不況でも、単に売価を下げるのではなくて、提案の仕方を変えることで2個分の売上高を確保しようとするわけだ。

 パーク24も同様だ。1万カ所近い駐車場の利用状況や収益状況をすべて収集し、駐車場別や地区別の収支が分かるようにしている。日本全体が不況でも、地区別に細かく見れば、建設工事が行われたり商業施設の開業予定があったりという活況な場所が必ずある。収支が悪い地区からは早急に撤退する一方で、1年後に活況になりそうな地区があれば、その周辺の駐車場用地を積極的に探す。これを続ければ、企業全体の収支もだんだん良くなるというわけだ。

 ITを活用できるかどうかは組織風土の問題だというのもよくある意見だ。筆者もそのような考え方を持ってはいたが、一連の取材を通じて、ちょっと違うと思った。組織全体として、情報を活かそうという意思を持ち、それを支援するための情報システムや情報収集・分析のための人員を整えてこそ、初めて情報が生きるようになる。こうした前提がないのに情報システムを整備して、情報を重視する組織風土を作ったところで、「高級品が売れないから安売りする」といった市場の動きを後追いする施策しか実行できないだろう。これでは情報に振り回されるだけになってしまうのは自明である。