NTT東西が2008年3月にNGN(次世代ネットワーク)の商用サービスを開始して約2年が経つ。一方,NTTの対抗軸となる通信事業者による“次世代ネットワーク”については,話題に上ることが少ないように思える。

 だが,各社は手をこまぬいているわけではない。対抗軸の一つ,KDDIは独自の次世代ネットワークを静かに,しかし着々と構築しつつある。

「NTTの真似はしない」

 KDDIの次世代ネットワーク構想は,2005年に発表した「ウルトラ3G」に始まる。最近では,ウルトラ3Gのインフラをベースとして,固定,移動,放送を融合した新サービス構想「FMBC」(fixed mobile and broadcasting convergence)がよく話題になる。

 このウルトラ3G構想を具体化したのが,様々なサービスのバックボーンとなる「統合IPネットワーク」である。統合IPネットワークの商用稼働は2007年10月に始まった。既存のCDN(contents delivery network)上で提供してきたトリプルプレイ・サービスやIP-VPNの移行はほぼ終了しており,2010年3月に完了する予定だ。将来的には,同社のレガシー系回線サービスや,次世代携帯電話のLTE(long term evolution)のバックボーンにもなる。

 そうした動きが表に出てこないのはなぜか。NTTとKDDIの次世代ネットワークに対する位置付けの違いが背景にある。

 NTTは,本来はインフラであるはずの次世代ネットワークを,サービスとして喧伝(けんでん)してきた。その結果,NGNは「NTTのサービス」として定着するようになった。その一方で,既存サービスと比べて新規性がないという幻滅を生んだことも事実だろう。

 一方のKDDIは,次世代ネットワークをあくまでサービスを実現するためのインフラを指すものと位置付けている。「NTTがNGNをサービスとして大々的に広告しても,ユーザーにそのメリットを説明できないという現状がある。我々がNTTの真似をすることはない」(KDDI)という立場だ。

インフラの構築手法も大きく異なる

 NTTとKDDIでは,次世代ネットワークの構築手法も対照的だ。バックボーンとなるコア・ネットワークをIPベースで構築している点は共通している。大きく異なるのは,通信の制御手法だ。

 NTTは,ITU-TのNGN標準をベースにしたアーキテクチャをとっており,SIP(session initiation protocol)を使ってセッション単位で通信を制御する。それを実現するのが,CSCF(NGNの中核技術であるIMSのSIPサーバー)とマルチコアのエッジ・ルーターである。

 ユーザーの端末が通信を開始するとき,CSCFがエッジ・ルーターに指示を出し,エッジ・ルーターはすべてのセッションごとにQoS(quality of service)制御,アクセス制御,輻輳(ふくそう)制御を実施する。その一方,コア・ルーターでは簡単な優先制御にとどめている。

 これに対し,KDDIは,コストをかけない現実的なアプローチをとった。ユーザー一人ひとりのセッション単位の制御ではなく,もう少し大きなサービスの種類ごとでの制御を採用している。例えば,音声通話,映像配信,インターネット接続,といったサービスごとに適切なQoSを適用するのである。NTTとは対照的に,こうした機能はエッジではなくコア・ネットワークで提供する。

 そのベースとなるのが,統合IPネットワークで使われている「MPLS(multiprotocol label switching)」という技術である。MPLSを使うことにより,各サービスを適切にクラス分けし,QoSを適用できるようになる。MPLSは,法人向けのIP-VPNサービスのインフラには一般的に使われているが,コンシューマ向けサービスを含む基本インフラに使われるのはあまり例がなく,その意味で意欲的な取り組みと言える。

 こうした手法をとった理由は,多様なアクセスを持つというKDDIの事情がある。NTTの場合,NGNのアクセスを圧倒的に強いFTTHに限定することで,エッジを1種類に絞って作り込むことができる。一方,KDDIは,FTTH,ADSL,CATV,将来的にはLTEといった多様なアクセスを持つことになる。

 KDDIはこれらのアクセスを束ねることで,初めてNTTに対抗できると見ているのだ。そうした多様なアクセスに対して,個別にセッション単位の制御機能を持つエッジを開発するのは現実的ではないと判断したのである。

 日経コミュニケーション2010年1月15日号では,KDDIの次世代ネットワークについて特集「KDDIの次世代ネットワーク」で20ページにわたり詳しく取り上げている。同社のサービスを実現するインフラを「次世代ネットワーク」として大々的に扱う記事は,恐らく初めてだろう。

 この特集では統合IPネットワークの設計思想のほか,携帯電話,WVS(wide area virtual switch)をはじめとした広域イーサネット・サービス,伝送インフラを中心としたネットワークのスリム化,IPv6インターネットなどの幅広いテーマを盛り込んだ。興味があればぜひお読みいただきたい。