5月中旬、懐かしいハードウエアが久しぶりに話題となった。その名はスーパーコンピュータ。NECと日立製作所が、政府主導の次世代スーパーコンピュータの開発プロジェクトから手を引くとのこと。正直言って「まだ、やっていたの」っていう感じだが、ようやく正しい決断を下した。で、これを材料にもう一つの“歴史の遺物”の今後を考えてみたい。その名はメインフレーム。

 スーパーコンピュータというと、私なんか、1990年初頭に一世風靡した米クレイ・リサーチのマシンを思い出す。ただ速いだけでなく、美しいコンピュータだった。円筒状の独特のデザイン。冷却用の液体に浸された回路基盤と沸騰し湧き上がる気泡。“アメリカの国宝”と言われたこともあるらしいが、それも頷けるような最先端のマシンだった。

 日本のコンピュータ・メーカーは、このクレイのマシンを追いかけた。NEC、日立、富士通が創り出したスーパーコンピュータは、形こそダサい箱型だったが、演算性能ではクレイのマシンを上回ることもあった。当時のメインフレームに比べれば、けし粒のような市場だったが、“ITでの覇権をかけた戦い”のようにとらえられ、当然スーパーコンピュータを巡る日米摩擦も熾烈を極めた。

 まあ、それも今や昔。当時のスーパーコンピュータはベクトル演算方式で、言うなれば一つのプロセッサで可能な限り高速計算しようというもの。そのベクトル演算方式で今回の国策スーパーコンピュータを作ろうとしていたのがNECと日立だった。このプロジェクトには富士通も参加しているが、こちらは複数プロセッサでの並列処理が前提のスカラー演算方式を採用している。まあ今風の作りなんで、こちらは継続開発されるらしい。

 今のIT産業の状況を考えると、そもそも国策プロジェクトという発想が古い。そして、ベクトル演算方式のマシンも古い。驚嘆するようなスピード技術であるのは認めるが、コンピュータがコモディティ化し、グリッド・コンピューティングだ、クラウド・コンピューティングだと騒いでいるご時勢にあっては、恐竜の感は否めない。国の特注品で、特殊すぎて他のコンピュータ製品への技術転用も不可能だから、NECや日立が撤退するのは当然の経営判断と言える。

 で、いきなりメインフレームの話に変える。IAサーバーなど、いわゆるオープン系のハードウエアが主流になる中、メインフレームもかなり特殊な製品となって久しい。世界中に膨大な顧客基盤を持ち、その買い替え需要だけで十分に食えるIBMはともかく、顧客数が限られ特定の超ビッグユーザーのために新モデルを作り続けている感のある国産メーカーには、メインフレームの将来展望が見えない。

 だから、スーパーコンピュータだけでなくメインフレームについても、国産メーカーはいつまで開発を続けるのだろうと思っていた。IAサーバーなどオープン系のサーバーは信頼性では格段に劣るが、個々のハードウエアではなくシステム全体で信頼性を担保しようという発想が今や主流だ。コモディティ化し圧倒的に安いサーバー上で基幹系システムも動かす。もうそれが常識。ましてクラウド・コンピューティングの時代になれば・・・。

 ところが、ハタッと思い至った。クラウド・コンピューティングで使うハードウエアは、果たしてコモディティ化したサーバーのみか。特に基幹系システムを対象にしたクラウドならどうだろう。比較的壊れやすくトラブルが多いコモディティ製品を使う場合、基幹系システムが要求するサービス品質を保つために、保守・運用はかなり大変だろう。この点、メインフレームだと天国にいるようなものだ。

 クラウド・コンピューティングでは、仮想化によりハードウエアは“雲”の中に隠れる。だから、ハードウエアは何でもよい。そもそも仮想化技術は、メインフレームによって磨かれてきた技術。メインフレームにとって仮想化はお手の物だ。データセンターにメインフレームを大量に導入し、ずらっと並べて処理すれば、保守・運用費を含めたトータルコスト面でも結構いける可能性がある。

 そう言えば、オラクルがサン・マイクロシステムズを買収する。サンはメインフレームを持たないとはいえ、金融機関向けのハイエンド・サーバーを持つ。オラクルは、そうした“特殊な”ハードウエアの開発を続行し、強化していくそうである。ハードウエアのコモディティ化の流れから言うと、採り得ない戦略のはずである。だから、こうした“クラウド時代のメインフレーム”と同じような未来図を描いているのかもしれない。

 かつて、メインフレームやスーパーコンピュータを保有し、そのリソースをユーザー企業に提供するストック型のビジネスがあった。それは計算センターと称した。20年の時を経た今、データセンターを核にしたクラウド・コンピューティングという新しいストック型ビジネスが立ち上がろうとしている。ベクトル型のスーパーコンピュータは生き残れないだろうが、仮想化技術を育てたメインフレームはどうだろうか。