この前、あるコンサルタントに話を聞いたら、「こんなの初めて」と驚いていた。何かと言うと例の工事進行基準の話。最近はあちらこちらで関連のセミナーが開かれるが、講師に招かれると、どこも大入り満員。受講者の出席率は異様に高い。まあITベンダーの最大の経営課題だから当たり前なのだが、ヘタをすると現場の技術者も大変なことになる。技術者の受講も増えているそうだから、そんな危機感が働いているのかもしれない。

 現場が大変なことになるとは、主にプロジェクト・マネジャー(PM)の“受難”のことだ。例えば、プロジェクトを赤字にしてしまったとしよう。今までなら、当然PMにはペナルティが付く。挽回しようと抱え込んで、収拾がつかなくなり大失敗プロジェクトに作ってしまうと、それはもう大変。経営トップが株主からつるし上げられる中、PM本人は業績悪化の戦犯として社内で針のむしろに置かれることになる。

 だが、お客から検収書をもらってから売上を計上するやり方、つまり工事完成基準に基づく会計処理なら、たかがそれだけのことだ。それが工事進行基準による会計処理になると、もっと怖ろしいことになる。以前書いたIHIのケースを思い出してほしい。IHIの場合、プラント・エンジニアリング分野の損益が真っ赤かになっただけでなく、前期に遡って決算の修正に追い込まれた。つまり、「過去の決算書が間違いでした」と頭を下げたわけだ。

 なんでそんなことになるかというと、会計処理に工事進行基準を採用していたからだ。問題プロジェクトは期をまたぐ案件。まず現場でプロジェクトにかかわる総原価を過小に見積もってしまった。そして実際のプロジェクトではコストがどんどん膨らむ。だが、表面的には投入したコストから見て、プロジェクトは順調に進捗しているように見える。

 で、その進捗率に合わせて前期の決算で売上と利益を計上する。ところが、次の期になって大失敗プロジェクトであることが判明する。前期のプロジェクトの進捗は幻。利益も幻だ。代わりに巨額の赤字が過去の現実となり、決算書は修正される・・・。

 こんなことになってしまうと、経営トップの責任はマックスだが、現場のPMの立場も厳しい。大赤字を出したという針のむしろに加えて、株主や投資家を偽ったという責任もPMにものしかかることになる。

 工事完成基準という従来の会計処理では、見積もり精度やプロジェクトの進捗の精度が直接、決算書の正確性に影響を与えることはなかった。一方、工事進行基準では、現場の判断の精度が会計処理の正確性に直結することになる。だからPMにとって、判断ミスの傷口は今まで以上に深くなるわけだ。

 もちろん、やるべきことをやっていれば、PMなど現場がこんな苦境に立たされることはないはずだ。だが問題は、それを“できるか”である。確かにITベンダーは最近、PMOの設置など組織としてプロジェクト管理力の強化に力を入れており、PM個人の資質や能力に依存する部分は少なくなりつつある。しかし、それもまだ道半ばだ。

 さらに、このところの景況の悪化で、ユーザー企業はIT投資を絞り始めており、工事進行基準が適用される2009年4月以降は再びITベンダーに安値受注の誘惑が生じやすくなるだろう。安値受注への誘惑は、過小見積もりへのプレッシャーとなる。さらに言えば、プロジェクトに問題が発生した時、すぐに「ヤバイです」と手を挙げられる企業文化はできているだろうか。おっと、外注したサブシステムの進捗管理はどうする・・・。

 工事進行基準が適用されると、「死ぬ気で頑張れ」的に現場レベルでの帳尻合わせはもはや不可能だ。そもそも、商談・契約段階から一貫したシステマティックなプロジェクト管理がないと、工事進行基準に対応することなど、本来は無理な話なのだ。だから、このままでは大変な負担とプレッシャーがPMなど現場にのしかかる恐れがある。

 そろそろ日本のITベンダーも、WBSを外資系企業並みに活用したり、EVMを導入したりすることを真剣に考えないといけないだろう。EVMなんぞの話を聞くだけでも面倒くさく鬱陶しいが、自分たちを守る意味でも開発現場が主体的に取り組んだほうがよいと思うが、いかがだろうか。