マイクロソフトがヤフーの買収を断念したそうだ。この前、「ヤフーの買収に成功するとしたら、それはマイクロソフトにとって“凶”となる」と書いたが、そうはならなかった。ヤフー買収が成功していたら、もはや引き返せないグーグルとの泥沼の戦いが待っていただろうから、とても賢明な判断だったと思う。ただ、これで膨張を続けるグーグルに待ったをかけ得る存在はいなくなった・・・。

 マイクロソフトだけでなく、あらゆるITベンダーにとってグーグルは“不安”な存在だ。その不安の根源を整理すると、(1)別業界とはいえIT関連で大きなシェアを持ち寡占化しつつある、(2)消費者向けで大きなブランド力を有する、(3)広告モデルである、(4)SaaSに力を入れている、(5)企業向けIT市場の開拓に力を入れてくるのは間違いない----となる。

 このように不安の根源を書き並べると、当たり前だが、やはりITベンダーには相当の脅威。なんせグーグルは、トラディショナルなITベンダーにとって手が出せない“アウター市場”の雄(そのアウター市場へ出て行こうとして、うまくいっていないのがマイクロソフトだ)。そして、昼間はビジネスパーソンとなる多くの消費者に、「心のロックイン」をかけてしまっている。

 そのグーグルの企業向けのIT市場開拓への取り組みは、結構いやらしい。既に有償サービスも手掛けているが、無償サービスが企業向けにも浸透しつつある。例えば、Gmailを核とする情報共有サービス。「責任の所在のはっきりしない無償サービスを、企業ユースに活用するのはいかがなものか」なんて言ってた人までもが、「こりゃ便利だ」と使い始めたりしている。

 企業ユースでも使える無料サービスは、見方を変えると、最も効率的な企業向けマーケティングである。消費者としてロックインされたビジネスパーソンが、企業ユースでもグーグルのサービスを利用するようになれば、そこに企業向けSaaSの有償サービスを追加していくことなど、わけもないことだからだ。

 実際にグーグルは、4月14日にセールスフォース・ドットコムと提携し、企業向けの有償サービスに本格的に乗り出すことを発表している。今後グーグルが企業向けのIT市場にどこまで体重をかけてくるかはイマイチ分からないが、今は提携先として“仲の良い”セールスフォース・ドットコムを買収することも近い将来にはあり得るかもしれない。そうなったら、IT業界はどうなるか。

 もちろん、何も変わらないとも言える。グーグルが参入しようが、Web2.0なサービスが浸透しようが、オープン系システムの攻勢の前にレガシー・システムが依然として残っているように、既存のITビジネスも存続することは言うまでもないからだ。ただ、グーグルなどのネット企業にビジネス基盤を侵食されている既存のメディア産業と同様、既存のIT業界も市場のかなり大きなボリュームを削り取られるだろう。

 実は、グーグルの企業向けIT市場への参入には、もう一つの不安の根源が隠れている。少なくともITベンダーにとっては、自分たちもご飯が食べられるエコ・システムがよく見えないことだ。

 その意味では、マイクロソフトのビジネスモデルは優れていた。十数年も前のことだが、マイクロソフトの覇権の源泉について「他社も儲けられる仕組みを作ったこと」と喝破した人がいて、ひどく感心したのを覚えている。確かにマイクロソフトは、オフィス・ソフトやブラウザなど自身のビジネスモデルの根源を脅かす分野では容赦しなかったが、その他の分野では多くのITベンダーが儲けられるエコ・システムを作り上げた。

 ところが、グーグルの企業向けのビジネスには、大きなエコ・システムがなかなか見えてこない。まだ見えていないだけかもしれないが、“グーグル総取り”の匂いもする。少なくともITベンダーにとっては、グーグルのエコ・システムで生きるのは難しそうである。もっとも、他社を儲けさせることのできないなら、覇権の確立は無理と経験則的には言えるので、そこまで不安になることはないのかもしれないが・・・。