富士通の黒川社長が今年6月で退任するそうだ。黒川社長と言えば、2004年春にSBR(ソリューション・ビジネス・リストラクチャリング)を発動し、SIでの火だるまプロジェクトが発生しない体制作りに一応成功し、業績を回復させた。ただ私は、黒川社長の“最大の功績”は別のところにあると思っている。そう、一連の東証問題の際に見せたITベンダーとしての態度である。

 「あれが大きかった。いびつだったユーザーとベンダーとの関係を見直すきっかけになった」。05年末から06年初めにかけての東京証券取引所の“システム・トラブル”について、そう振り返るITサービス業界の関係者は数多い。大規模なシステム障害、天文学的な金額の誤発注、ライブドア騒動の余波での取引全面停止。それらがすべて、情報システムの問題であるかのように語られ、システム開発を請け負った富士通の責任が取り沙汰された。

 最初のシステム障害の時なんか、その当日に原因も分からないのに、東証からは「富士通に対する損害賠償請求も辞さない」との発言が飛び出す始末。私は富士通のライバル企業の人と話をしている時に、このニュースを聞き、二人で飛び上がるほど驚いたのを今でも鮮明に覚えている。その後、東証のトップが一連のトラブルの責任を取って辞任したこともあり、富士通の黒川社長の経営責任を問う声も上がった。

 確かに富士通にも非があったが、トップが辞めなければならないような話ではない。ただ、その当時までは「お客様は神様、システム・トラブルはすべてベンダーの責任」という風潮が確かにあった。要件定義はユーザーの仕事、システムのバグはゼロにはできない、ベンダーは契約以上の義務を負えない、といった当たり前の認識ですら世間では希薄だった。

 だから、あの局面で最大手SIerのトップである黒川社長が、契約や要件定義にないことについてまで“責任”を取って辞任なんかしていたら、ITサービス業界全体がミゼラブルの状況に追いやられていただろう。そんなわけだから、あの猛烈なバッシングの中で、黒川社長が「契約内容を超えた負担には応じられない」と言い切り筋を通したことを、私は評価している。

 実際これがきっかけで、ユーザーとベンダーの関係、契約や要件定義の問題、システム・トラブルへの対処法などで、少しは冷静な議論ができるようになったと思う。さて、お客様に筋を通す以上、本物のソリューションを提供できるベンダーでなければならない。その点はどうか。残念ながら、こればっかりは次期社長の課題のようだ。