「私のことが気に入らないのですか。もう来るなということですか。」ある朝突然、プロジェクトメンバーである協力会社の方から言われて、面食らいました。急に何を言い出すのかと戸惑いながらも、よくよく考えてみると思い当たる節があります。それにしても・・・

 こんな話を、あるプロジェクトマネージャからお聞きしました。協力会社の方であるPさんには、プログラマーとしてこのプロジェクトに参画していただいているそうです。ベテランのPさんは、その分野の技術に詳しく、厳しいスケジュールのなかでも黙々と真面目に仕事をしてくださっていました。

 1週間程前のこと。このプロジェクトで決めている標準とは異なる方法で、Pさんが作業をしておられたので、標準的な方法でしていただくよう、メンバーからお願いをしました。ところがPさんは「自分はこれまでずっとこの方法でやってきたし、誰からも文句を言われたことはない!」と声を荒げ、その日は早々に帰ってしまわれたとのこと。ちょうどそこに、その協力会社の営業担当者が来られたので、プロジェクトマネージャは「実はこんなことがありましてね」と話をしました。

顧客が求めていたのは

 そしてある朝「来るなということですか」発言となったそうです。驚いてPさんの会社の営業担当者に問い合わせたところ、「お客様の指示どおり仕事をするように」と伝えたとのこと。それにしても、プロジェクトのルールに則って仕事をしてほしいということであって、「私のことが気に入らないのですか」といった、まるで人格まるごとを否定されたような受け留めは大袈裟すぎるような気がします。そこまでの思いに至ってしまったのはどうしてでしょう。Pさんにとって、失望や裏切られたような感覚でもあったのでしょうか。

 もともと、このプロジェクトで期待されていることや自分が為すべきことを、Pさん自身はどのように捉えていたのでしょうか。ITプロフェッショナルがプロジェクトに参画する場合、当然ながら、何らかの期待される役割がありますよね。そのプロジェクト(顧客企業)に対して、何を提供することを求められているのか。広い意味でのサービスの提供には違いありませんが、もう少し詳しくみると、例えば、独自性や希少性の高いスキルやノウハウ、ユーザー業務に関する知識、プロジェクトマネジメント、ひたすら力仕事、など期待されていることは様々にありそうです。顧客企業は主として何に対してお金を支払っているのか。何が欲しいから、お金を払ってでもその人にプロジェクトに参画してもらいたいのか。これらはその度毎に異なりますよね。

扱いにくいベテランだなんて

 もしも相手の期待を捉え違えていると、一生懸命打ち込んでいるつもりが空回りになったり、その結果ネガティブなフィードバックを受けたりして、失望や裏切られた感覚、やる気の喪失などにつながりそうです。Pさんの場合ですと、長年打ち込んできた方法で存分に力を発揮するつもりだったのに、それとは違う方法でするように言われたことで失望した、といったことも想像されます。「来るなということですか」のような極端な表現をされたのは、ショックのためか、或いは意思伝達スキルの不十分さかもしれませんが、その後「扱いにくいベテラン」といった言葉も聞かれ、残念に思いました。

 今回のプロジェクトでPさんに期待されていることが、事前にどのように伝えられていたのかが気になります。所属企業の営業担当者や上司から、「何でも言われたとおりにするように」とだけ伝えられたとしたら、ITプロフェッショナルとしては、面白くないかもしれませんね。だからといって、顧客の要望とは違うのにお愛想で「これまで培った○○技術を思いきり発揮して頑張ってほしい」などと伝えられたりすると、本人の勘違いや空回りを招く心配があります。

mustを直視したうえで

 その意味では、プロジェクトに関わる本人も、その案件で自分に求められていることは何かを、都度確認することが必要ですね。今回の場合ですと、Pさんが長くやってきた方法を駆使することが求められているのではなかった訳です。もしかするとPさんは内心、自分の得意なその方法にこだわって、それを自分の強みとして仕事を進めたかったのかもしれませんが。

 「すべきこと(must)」「できること(can)」「したいこと(will)」の輪の重なりが大切だという話を以前にしたことがあります(*1)。特に仕事生活が長くなるにつれて「したいこと(will)」を見失わないようにと申しましたが、重要なのはこの3つの輪の重なりです。どれかが離れてしまっては、イキイキとした仕事生活がしにくくなってしまいます。「できること(can)」「したいこと(will)」に注目するのは重要ですが、「すべきこと(must)」から目をそむける訳にはいきません。顧客が何を欲していて、何に対してお金を支払っているのか。それをしっかり押さえて実現するのがプロフェッショナルでしょう。

 勘違い→空回り→失望 のような流れになるのは、本人だけでなく、顧客にとっても所属企業にとっても好ましくありません。ベテランとか新人とかに関係なく、顧客側や営業担当者やエンジニアなど、そのビジネスに関わる皆が、要求事項を共有しておきたいですよね。要求事項を率直に伝え、聞く側も素直に受け留めてその役割を果たしていけるといいですね。役割をしっかりと果たすことによってプロジェクトやお客様の役に立つことは、ITプロのやりがいのひとつでしょうから。

優先順位とありがとう

 「‘ありがとう’の見せる化」という言葉をある航空会社のオペレーション担当の方からお聞きしたことがあります。ご存知のとおり、航空各社では空港ラウンジや機内サービスを競って充実し、顧客のあらゆる要望に応えようとしておられます。また顧客から「ありがとう」と言われることは社員のやりがいにもつながります。そこで、快適な空間やおもてなしを日々追求されている訳ですが、それより遥かに重視されているのは、顧客の最大の要求である安全についてです。顧客の要望を何でもそのまま聞き入れるのでなく、最重要事項である安全を常に優先することが全社員に徹底されています。そのうえで、顧客の喜びや感謝のメッセージを、様々な工夫によって「見せる化」し、整備担当など顧客との接点のない人にも、あらゆる場面で伝えることによって、サービス提供者としてのやりがいを実感できるようにしているのだそうです。

 顧客が求めていることをよく理解して仕事を進め、その結果として信頼され喜ばれたいものです。要求されていることとその優先順位を明確にしてそれに徹すること、顧客の感謝や喜びの声を共有すること。ITプロにとっても、どちらも大事なように思われます。

 それでは、今日もイキイキ☆お元気に。