前回は客先の具体的な事例を使って,どのように「説得的会話」が行われるのかを再現し,まとめとして以下のポイントを説明しました。

【説得的会話のポイント】
・相手の主張を否定しない。よいアイデアと最初に強く肯定する。
・断るためには「相手の主張がネガティブに反転するような情報」を伝える。
・情報は,自分が経験したものがよい。なぜなら説得力が高まるから。
・情報は納得感のあるもの。説得力を高めるための話法を工夫する。
・相手が納得するまで情報を与える。相手は納得すると,言われたことを自分の主張のように話すようになる。

 今回は,前回の会議に同席した岡田,坂本とともに,これを振り返ったときの話をしましょう。

「話ができる」状態なら相手を説得するのは難しくない

芦屋:岡田,坂本,議事録を見ながら話をしよう。まず,最初にこれまでのおさらいをしよう・・・説得的会話や交渉の場では,多くの情報が飛び交う。それは,双方が相手を説得しようと情報を与え続けるからなんだ。交渉なら,お互いに相手にYESといわせようとするし,一方が他方を説得するケースでは,片方向の説得のための情報が流れることになる。

岡田:なるほど,でも「俺は影響を受けない」と言う人がいるのでは?相手の話を聞かない人もいるでしょうし・・・

芦屋:当然,「情報を受けても俺の判断は影響を受けない」と言う人もいる。でも,まったく影響を受けずにいることは困難だよ。情報が耳から入って脳に到達してしまう以上,何らかの影響を受けてしまうんだ・・・仮に,聞いたことを無視して,別の話をすれば「応対がかみ合わない」ことになってしまう。これはこれで「議論の下手さ」をこちらに責められることになるから相手は嫌がるんだ。つまり,優秀な人ほど,「しっかり話を聞いて影響を受けてしまう」というジレンマに陥るんだ。

坂本:どういうことです?

芦屋:たとえば,普通の感覚をもったビジネスパーソンなら,相手の話を注意深く聞き,理解し,自分の不利にならないように返すんだ。いわゆるリバース話法(切り返し話法)というやつ。ところが,この「理解する」という段階で,相手の情報に影響を受けてしまう。注意深く聞けば聴くほど,相手の情報を深く記憶する。そして,あれこれ考えるうちに,この前のあの話,その前の話という具合に思い出していく。人は誰でも合理的な判断をしたいと思う。自分に有利なこと・・・利得を得たいと思う。だから,どんな人間でも,影響を受けてしまうということになるんだ。では,これを議事録から探そう・・・戸塚氏のところで見てみよう。ポイントになる会話だけ抜き出しているけど,岡田,何か気づくことあるかな?

戸塚:質問いいかな・・・御社の商品少し複雑じゃない?だから誰でも売れるような仕掛けをシステムに入れ込むようにしてくれないかな?
    :

芦屋: なるほど,実はですね。そういうの,昔やったことあるんです。店頭の保険コンサルサポート機能だったんですよ。話法をデータベース化して,お客さまとの応対に応じて最適な会話を画面出力するんです。事前に「自分でセールス」して考えましたよ。

戸塚:うんうん,それはいいな。で,どんな感じだったの?

芦屋:アイデアはよかったんですよ。もう,最高のツールって感じだったんですよ。自分では・・・

戸塚:そうだよね。で,成果は?

芦屋:うーん。駄目でした・・・

戸塚:駄目?なんで?

芦屋:いくつかあるんですけど・・・一つは「セールスの人って自分のやり方がある」ということですね。機械から指示された話法なんか馬鹿にしちゃって・・・

戸塚:そりゃ,そうかもな。なるほど。

芦屋:二つ目は・・・操作が邪魔なんですよ・・・お客さまの顔を見ながらシステム操作ができないんです。接客型セールスは間が大事なんです。システム操作していて,客の顔を見れないと心が通じない・・・これは,多くのセールス担当者が言いますね。

戸塚:なるほど。そういわれれば・・・そうか。

芦屋:もう一つは・・・これは細かいんですけど・・・

戸塚:もう,いいや。システムとセールスの画期的な関係みたいなものは厳しいことはわかったよ。まあ,そう説明してもらえると,いちいちそうだと思うけどね

岡田:戸塚さんは前のめりで聞いてましたね。戸塚さんて自信家っぽくて,「俺は自分の思うとおりに行動するぞ」って感じのタイプじゃないですか。でも,芦屋さんの話をじっくり聞いて会話してました。今の芦屋さんの話しから言えば,この話・・・販売話法を出力するシステムの失敗事例というか,上手くいかなかった話が,戸塚さんの興味に直結していたからということでしょうね。そういう意味で,「自分の興味ある話」なら,喜んで話を聞き,脳に記憶させてしまい,判断に影響を与えられてしまうということですか?

芦屋:そう。そういう理解で正解。ところで坂本,他に気づくことは?

坂本:どうですかね。よく分からないな。

芦屋:了解。では聞いてほしい。俺は,戸塚氏の話を直接的に否定していない。全部,過去の事例を話しているだけ。だけど,戸塚氏は自分で「もう,いいや」と言っている。このケースでは,戸塚氏に直接「上手くいかないからやめた方がいい」というよりも,上手く断れる可能性が高い。彼が「自分で決めて」いるからな。

坂本:確かに・・・それはその通りだと思いますよ。でも,そういう情報は誰でも与えられるわけではないのでは?

芦屋:そんなことはないよ。誰でも失敗経験,上手くいかなかった経験がある。これを話法として整理しておくことが必要なんだ。「機能が複雑すぎて動かなかった。その結果,本番が遅れて,担当者が上司から叱咤された。」,「現場に下ろしたら,操作が難しすぎて文句言われた」とか,自分の経験が基本になるけど,上司や先輩,雑誌で読んだ話でもいい。要は,話法として準備することだよ。俺に特別な経験があるわけじゃない。でも,俺は話法として整理してきたよ。そういうことをすれば,説得的会話は上手くなる。

坂本:そういう話ですか。面白いですね。そういう技術を身につければ,どんな人も説得できるのですね。

芦屋:そうだな。そうなら楽でいいだけど・・・残念ながら,違うんだ。「これは断りずらい」,「説得が難しい」というケースもたくさんある。これがまた厄介なんだよ・・・

岡田:「これは断りずらい」,「説得が難しい」というケース?どんなケース?私には,区別がつかないですね。

芦屋:岡田,坂本・・・いいか。よく覚えておいてほしい・・・今回の話で,「説得的会話では,情報を上手く与えて判断に影響を与えることが必要」という話をしている。これはいいよね?

岡田:はい。

芦屋:この方法が上手くいくのは,「真の要求者=聞き手」のケースなんだ。つまり,要求を出している真の依頼者が会話に参加していることが前提。「真の要求者=判断者=聞き手」・・・聞き手と判断者が同じ人だから,「聞いた情報が判断に影響を及ぼす」ことになる。

岡田:それは,そうですね。

芦屋:でも,「真の要求者≠聞き手」ではこれは成り立たない。要求を出している真の依頼者が会話に参加していない場合のケースだよ。「真の要求者=判断者≠聞き手」の場合・・・「直接聞いていない情報」はどうしてもインパクトや信憑性に劣るんだ・・・そんな状態で,判断に影響を与えるのは難しい。ところで,このケースは,具体的にはどんなケースがあるかな・・・坂本,分かるか?

坂本:聞き手と真の要求者が違う・・・上司が部下を使って交渉させているケースですね。

芦屋:そう。このケースはよくあるケースだけど,実は説得という面ではきついんだよ。上司からいわれたことは自分の一存では引っ込められないから,交渉の場で何を言っても効果がない。交渉相手を納得させることができることでは駄目なんだ・・・その向こうの「見えない上司」を動かすことが必要になる。

岡田:難しいですね。

芦屋:そう,戸塚氏や,東氏を説得するのは難しくないんだ。なぜなら,いつでも会話できるからな。会議でもいい,電話でもいい。とにかく,情報を直接与えることができるからだよ・・・でも,その後ろにいる上司・・・部長や役員は簡単に説得できない・・・会って直接情報を与えることが難しいからな。

岡田:・・・今回,そうなったら・・・戸塚氏や東氏の上司が要求を出してきたらどうすればよいのでしょうか?

芦屋:まあ,方法はいくつかある。一つは部下である戸塚氏,東氏を完全に我々の味方にすることだな。二つ目は,上司と直接会える環境を整えること。これには,こちらの部長級,役員級の使い方が重要になる。もっと効果が高いのは,先方の部長級,役員級が非常に喜ぶ仕事をやってあげることさ。彼らの評価が高まるような,先方の社内的にも,世間的にも評価される仕事をすることだな。まあ,これらについては,近いうちに君らに見せる機会もでてくるような気がするな。

 岡田,坂本とはこんな感じの振り返りをしました。この案件は,今にして思えば,非常に人のマネジメントとして教育的に恵まれた仕事でした。具体的な事例を題材に,人の行動について意見交換をしながら,学習することができたからです。

 そして,説得的会話についても,彼らは何も知らないところから,このころまでにはよく理解して,仕事に生かすようになっていました。そして,この後,私たちは,先方担当者の向こうの「見えない上司」を動かすケースに遭遇し,対応していくことになるのですが,これについては,次回以降にご紹介します。


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