前回は,「NOという相手にYESといわせる会話術」というタイトルで,「説得を成功させるためには「相手が自分で判断を変える」ように情報を与えることが必要」という話をしました。ここでのポイントは,「情報は与えるが,最終判断は相手にしてもらう」ということです。

 人は他人に決められることを嫌い,自分で決めることを好みます・・・特に「リーダー資質の高い人」や「能力が高く,自分で組織をぐいぐい引っ張る人」はその傾向が顕著です。

 このような人たちに,「こうすべきだ」,「なぜ,こうしないのか」という直線的な言葉は禁物・・・怒らせてしまいます。しかし,「かつてこんなことがありました・・・」,「このままだと,こんなことが起こるかもしれない・・・」という間接的な情報なら怒ることなく,これらの言葉(メリット情報やデメリット情報)を受け入れ次第に影響されていきます。

 そこで,この性質を利用して,「相手が判断を変える」ような情報を与え,判断を変えてくれるように誘導するのです。

 当然,常に上手くいくわけではありませんが,まずこのような説得的会話がどのようなものかを体感するために,日常業務で試してみてください。慣れれば,自然にこのような「説得的会話」ができるようになります。

 ところで,このような「説得的会話」を実行する場合には,「相手の情報を知り,相手のスタンスをよく理解する」ことが必要であると既に説明しました。前回は「開発部長のスタンス」を考え,主張を予想し,会話のパスを組み上げ,説得的会話をしました。

 このように,相手の情報を収集し,スタンス,ニーズを把握していくことを私は「プロファイリング」と呼んでいました。「プロファイリング」とは,本来は,異常犯罪の犯人像分析の手法」ですが,最近では,「顧客プロファイリング」,「セールス優秀者のプロファイリング」などのような使い方がされるケースもあり,「ある対象人物の行動特性解明」の一連の分析行動・手法のように使われています。

 私も,交渉する際には,カウンタパートナー(主なる交渉相手)についてプロファイリングすることにしていました。今回の販社のカウンターパートナーは東課長補佐という方でした。また,以前にも説明した当方と販社の関係は以下のとおりでした。

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 今回の販社との仕事で特徴的だったのは,「あらかじめ決められた納期で,先方の要望をできるだけ反映したシステムを構築し提供する」ということでした。

 これだけなら普通のシステム開発と変わらないのですが,一つ違っているのは「お金をもらえない」ということ。つまり,「無料でシステム構築する」ということでした。

 今回の仕事は,当社の商品を販社で売ってもらうための業務提携交渉でしたが,商品だけでなく販社用のサポートシステムも必要でした。 販社はわれわれを含めいくつかのメーカーに販売商品とサポートシステムを提案させコンペをしていました。われわれはこのコンペ作業にIT企画部門のチームとして参加していたわけです。

 当社が作っていたのはかなり複雑で専門性の高い商品だったので,販社のセールスパーソンが顧客に説明する際に,説明用のシステムが必要でした。この代理店用のシステムは既に存在していたので,そのまま使ってくれるのなら何ら問題はありません。しかし,この販社は力も強く,大幅なカスタマイズを要求していました。

 商品を売ってもらうには先方が喜ぶ「機能がすぐれ,使いやすい」システムが必要です。このため先方の要望をたくさん聞いて,どんどん喜ばれる便利な機能を提案していきたいところです。

 しかし,基本的には「お金」はもらえませんし,システムがよくても商品が駄目で,商品が売れなければシステム投資は回収できません。わわれわれはこの相反する2つの事項に非常に苦しみました。

 一方で「良いものを提供します。何でも要件を出してください」といいながらも,先方が出した要件が非常に手間のかかる,コストのかかるものなら,それを何とか怒らせずに「断ったり」,「諦めてもらう」ことが必要だったからです。

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 当初,販社との交渉は,私だけが行っていました。しかし,次第に細かい話になってきたので,岡田と坂本を必要に応じて同行させることにしました。そこで,岡田,坂本が直接先方の東課長補佐と会話する前に,彼のプロファイリングをしておこうと思いました。何のイメージもなく,会話するよりも,ある程度のイメージをもって,会話のパスを準備していった方が効率的だからです。

芦屋:岡田,坂本,ちょっといいかい。今度から君たちも販社に行ってもらうんだけど,その前に東さんのプロファイリングをしておこう。東課長補佐のスタンスやニーズを予想してみてほしい。彼に関する情報を総合して意見交換しよう。

岡田:・・・でも,僕たちは東さんに会ったことないですからね・・・

芦屋:当然,会ったことないことは承知済みだよ。でも,会ったことがなくても,僕の聞いてきた話や,彼のスタンス,立場を考えれば分かると思う・・・まず,会わないで考えたほうが正確な場合が多いんだよ。会って話すと表面的な言葉や言い回しに影響されてしまうからな。僕の話も,今日のところは参考として聞いておいたらいい。

岡田:そういうものですかね。

芦屋:そう,例えば非常に優しくて慇懃な人だけど,裏では言質を取りに来てたり・・・反対に厳しくて怒鳴っているばかりの人が,裏がなくさっぱりしてこっちの味方になってくれたり・・・表面的な見方や言葉はあてにならないことが多いんだよ。だから,まず,先方の立場を考え,ニーズを予想し,相手が何に影響を受けているのかを考えるのがいいよ。

坂本:「相手が何に影響を受けているのか」ってどういう意味ですか?

芦屋:まあ,「人を動かす要素」っていうことだな。前にも説明したけど,人は動機があって行動する・・・それは,「例えば上司のプレッシャー」であったり,「自分の仕事上でのミッション」であったり,「自分が好きな仕事だから頑張る」であったりする。まあ,最も分かりやすいのはいわゆる「出世欲」,「成功欲」みたいなものかな。もし東さんが,そういう人なら話は早いよ。「彼が今回の仕事で評価されるようにサポート」してやればいい。そういう形にもっていけばいいよ。

坂本:それで,東さんは,どういう人なのですか?

芦屋:これは俺の見方だから,一つの参考として聞いてくれればいい。実際のところは,君たちが見てからディスカッションしよう。僕が見るに,東さんは,「向上心よりも,安全にシステムを導入したい」と思っている。

岡田:なぜ,そう思うのですか?

芦屋:質問をしたのさ。東さんともう一人・・・販売関係の課長補佐の戸塚氏に同じ場所で二人に向けて。「今度の提携で,新聞にニュースリリースできるような画期的なシステム作りましょう。IT系の雑誌につながりがあるので,取材を依頼できますよ」みたいな話をした。当然,先方が乗ってくれば,そうすることも可能だし,嫌がれば「浮ついてすみません」という話にしようと思った。そしたら,反応が分かれた。

岡田:反応が分かれた?

芦屋:そう,戸塚さんは非常に乗り気だった・・・本当に。でも東さんは嫌がってた。「システム導入して現場に徹底するのにどれだけ大変か」って戸塚さんを睨んでた・・・戸塚さんは,東さんのこと無視してたけど・・・まあ,どこでも,販売とシステムはそういう関係だからな。

坂本:どこでもそうなんですね。うちと一緒・・・

芦屋:だから,戸塚さんの行動の動機は「成功,評価,評判」って感じかな。東さんのは,「安全,現場混乱なし,手間なし,安心」というところ・・・まあ,システムやっている人は「成功,評判」より,「安全,確実」というふうに教育されるから・・・当然,これは僕の見方で,あくまで仮説だけど。

岡田:面白いですね。その仮説でディスカッションして準備しましょう。

芦屋:了解。では,スタンス,ニーズ分析をしよう。まず,坂本,先方の共通スタンスは?

坂本:それは,コンペさせて,最良の商品とシステムを提供させることですよね。我々を含めたメーカーに。

芦屋:そこで予想される先方の主張は?

坂本:・・・実現ハードルの高い機能・運用を要求して,「お願いします」っていうだけですよね。

芦屋:それで,当方は「できません」っていえる?そのときの先方の返しは?

坂本:「御社で実現できなければ他のメーカーに頼みますから。我々は,最良のパートナーと組みますから」という感じですか・・・きついですね。

芦屋:では,これに対して,我々の最良の説得的会話は・・・断るためには?

岡田:以前教えてもらった「要求していることが,実は先方 にデメリットを与えることを認識させる」会話ですね。そういう情報を与えるような会話のパスを作るということですね?

芦屋:そう。では,問題。戸塚さんと東さんにどんな言い方をしたらよいか考えてみて。岡田どう?

岡田:戸塚さんには,その要求が「評判や評価を落とすようなこともある」ということを伝えるのはどうでしょう?「税務的にまずい」とか「法的に危ない」とか?東さんの場合は「現場が混乱する」「システム機能が複雑すぎて貴方の操作取得に時間がかかる」「準備が間に合わない上,トラブルが起こったときに,貴方に影響が多すぎる」などですね・・・

芦屋:そうだな・・・そんな感じで考えていけばいい。今はまだ初歩の初歩だから少し稚拙な感じに思えるかも知れないけど,国家レベルの交渉とか第一級ビジネスでの説得誘導でも基本は同じだよ。

坂本:基本は同じ・・・ですか?

芦屋:そう。要は,どんな優秀で立派な人間であっても人間の基本行動からは逃れられないということさ。人は誰でも「怖い,嫌な,苦手なもの」があり,対極には「安心する,好きな,得意なもの」がある・・・前者からは逃避し,後者には吸い寄せられてしまう・・・これは避けることができない人間心理だ。つまり,人はそれぞれ異なる経験をもち,蓄積された知識もさまざまだ。だからこそ,行動特性も違う。この特性を利用するんだ。

 岡田,坂本には,こんな感じでプロファイリングを説明しました。

 このように,相手の行動特性を考えながら,「どんな理由なら断わることができるのか」,「どんな会話をしたらよいのか」を事前に想定することが必要なのです。

 しかし,これだけでもまだ不十分です。なぜなら,戸塚氏,東氏だけが説得のターゲットではないからです。彼らに強く影響を与え,行動を制御するもの・・・そう,上司や上層部,強い力をもつ他部門についても考慮しなくてはならないのです。

 この対応方法については,また,次の機会に紹介することにしましょう。


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