前回は,坂本に「他部門調整がなぜ難しいのか,どうすればうまく進むのか」について説明しました。

 部門が違えばミッションは異なり,ミッションが違えば意見が対立しやすくなります。もし,うまく部門間調整をおこないたいなら対立を起こさないように行動することが大事です。それでも,対立してしまったら硬直化しないうちに対処しなくてはなりません。そのために必要なことは,「関係者のスタンス,ニーズは何かを知り,それを満足できるような落としどころを探る」ということです。

 では,関係者のスタンス,ニーズはどうすれば分かるでしょうか?

 これは,「利害関係者の立場」を考えることで分かります。人の発言は,その人の立場から発せられることが多く,「立場が分かれば発言は予想でき」,逆に「発言を正しく聴ければ,その人の立場も分かる」のです。このように,「利害関係者の立場を考え,要望,ニーズを知り,調整するためのシナリオを作り,それに沿って仕事を展開していく」ことが必要です。

 さて,このようにシナリオを作れるようになっても,それだけでは駄目です。シナリオを進めるには,利害関係者を誘導,説得していくことが欠かせません。今回の5分間指導は,これをテーマとする岡田とのエピソードです。

「NO」という相手には,「判断を変えさせる情報」をたくさん与える

 岡田も,私の部下になってからさまざまなことを学びました。しかし,彼は「他人を説得するような仕事」を非常に苦手にしていました。原因は明白でした。説得に当たって,「会話のパス」をたくさん準備できなかったからです。

 「会話のパス」とは私が使っている造語で,議論や交渉に関し,「先方がこう主張したら,当方はこう言い返す。この反論に相手が応じたら,こう責めていく」という会話のシナリオのことです。

 岡田は比較的「おっとり」しているのですが,その性格から「会話のパス」を入念に準備することができないのだと私は考えていました。つまり,平和的な性格なため,人と激しく主張を交換しあう「議論」を苦手としていたということです。

 平和的な性格は岡田のよいところなのですが,仕事では他人を説得しなければならないときがあります。特に今回の仕事は関係者も多く,その人たちを説得する局面が多くなります。このため,岡田にも説得する力を向上させてほしいと思い,私は時間を見つけては岡田に「会話のパス」の必要性や具体的なパスの作り方を教えていました。

芦屋:岡田,開発部に「販社向け入力画面仕様」設計の仕事を頼みたい。だけど,彼らは決算で忙しい。こんな状況で,君はどのように主張するか考えてみて。坂本にも同じ質問したんだけど,君の考えも聞いてみたい。

岡田:そうですね。「決算があるのは分かっていますが,当方の仕事も高い優先順位でやっていただけませんか?情報システム部のメインの案件として,ぜひよろしくお願いします」という感じですかね。

芦屋:うーんどうかな。開発部長も「できないことはやらない」って言う人だからな・・・「そんなこといってもできない。決算が優先だ。決算は今,存在する業務だけど,販社向けの業務はまだない。決算でミスしたら問題になるぞ」と反論されたらどうする?

岡田:情報システム部長に相談しますよ。「どっちも同じようにやれ」と指示してほしいと。

芦屋:なるほど。それで上手くいくかも知れない。でも情シス部長が「それは,開発部長の言うとおりだ。決算が優先だ」と言うかも知れないよ。その場合は?

岡田:言いますかね?

芦屋:情シス部長だって決算をミスするのは怖いんじゃないか。開発部長から「無理です」と強く言われたらどうかな・・その場合は,岡田はどう対応する?

岡田:うーん。そうなるかは分からないんじゃないですか?

芦屋:そう。確かにそうなるかは分からない。でも,そうなる可能性もあるんじゃないのか。いいか岡田,議論や交渉に勝つには「どれだけ事前準備できるか」が重要になるんだ。前にも言ったけど,君の準備する「会話のパス」はとても少ないんだ。「会話のパス」が少ないとどうしても相手に言い負ける可能性が高くなる。それでは,相手を説得することはできないんだよ・・・君も「NO」と言う相手に「YES」といわせる力が欲しいだろう?

岡田:それはそうですよ。もちろん。でも,会話のパスをたくさん用意するのは難しいですよ。そこが分かればとは思うのですが・・・

芦屋:了解。では一緒に考えよう。今回のケースでは利害関係者は開発部長,君,情シス部長くらいかな。まず,立場を踏まえた「スタンス」を考えよう。君と開発部長,情シス部長のスタンスを言ってみて。

岡田:そうですね。僕は開発部に「入力画面仕様」設計を期日までにしてほしい。開発部長のスタンスは「決算で忙しいから,断りたい」ということかな。

芦屋:了解。では,情シス部長のスタンスは?

岡田:「両方大事だけど,まず,決算が優先。その後に我々の仕事」というところですかね

芦屋:すると,情シス部長は今は中立だけど,我々が強く開発部にプレッシャーかけると反対する可能性が出てくる。

岡田:そうか・・・なら,営業部門から情シス部長と開発部長に言ってもらうのは?

芦屋:当然,一緒に提案している営業部門の長からプレッシャーかけてもらえばいいかも知れないが,まあ,情シス部門内で解決しないと恥ずかしいからな。それは最悪のときにとっておこう・・・そうなると,当面は,開発部長だけ説得すればよいことになる。ここでの岡田の考えは? どうやって説得する?

岡田:そうですね・・・うーん。

芦屋:了解。では一緒に考えていこう・・「NO」と言っている相手には,相手の主張のデメリット情報を伝え,当方の主張のメリット情報をたくさん与えていくのが効果的なんだ。つまり,相手の「NO」という判断の根拠を覆させる新しい判断情報を教えるということ。人の判断には根拠がある。その根拠を「YES」になるように作り変えるということさ。分かるか?

岡田:・・・情報を与えて判断を変えさせる・・・ですか?

芦屋:そう。たとえば,「忙しいからできない」という相手の主張には「後になるともっと工数が膨らむかもしれない」というデメリット情報とか,「今対応しておけば,客先要望の拡散を防止できるのではないか」という具合に,「今,やるからこそメリットがある」ような話をするんだ。当然,それだけで「YES」ということにはならないかも知れないが,「なるほど,そうかも知れない」と思ってもらうことで当方の主張が有利になっていく。

岡田:・・・どういうことでしょうか?

芦屋:いいかい,人は利害を複雑に絡めて判断をしているんだ。君が開発部長と交渉する中で,開発部長はいろんな判断材料を蓄積していく。そして,蓄積された情報が変われば判断は変わる可能性がある。

岡田:判断が変わる可能性・・・ですか?

芦屋:そう。つまり,開発部長の心理状態が変わっていくということさ。最初は「NO」だったのに次第に考えが変わっていく・・・「まあ,岡田のいうことももっともだな。あいつの立場もわかるしな。あいつはいろいろ言っていたな。確かに今のうち要望聞いていたほうが拡散しないでいいかな」と思うようになる。そして,「これだけメリットあればいいかな。判断としては妥当かな・・・YESに変えるか」に変化していく・・・最初は絶対「NO」だったのに,情報が入ってくると判断が変わるんだ。

岡田:なるほど,聞いた情報が判断を変える要素になるということですね。

芦屋:そう。だから「やってくれ」,「困るからお願いする」とか,そういう抽象的なお願いのしかたじゃ駄目なんだ。具体的な情報・・・メリット,デメリットを与えることで,相手の判断をコントロールする・・・こういうことができれば「相手を説得できる」ようになるんだよ。

 岡田にはこんなことをよく話していました。

 岡田には会話のパスの重要性と会話準備の練習をしました。すると,最初は他部門の人や販社に言い負かされていた岡田も,次第に,会話のパスが増え,議論が強くなっていきました。

 ここでのポイントは「人は判断するために根拠情報を使う」ということです。この根拠情報をうまく与えていくことで,「NO」という判断を「YES」にもっていくのです。

 説得で一番大事なのは,「説得される側が自分自身の判断で決めること」・・・他人が無理やり判断を変えるように言っても効果はあまり期待できません。あくまで,情報をうまく与えて本人に「判断を変えてもらうこと」が必要なのです。


ITpro読者向け コミュニケーション・スキル無料簡易テスト

 芦屋広太氏とネクストエデュケーションシンクの共著「IT教育コンサルタントが教える 仕事がうまくいくコミュニケーションの技術(PHP研究所)」 が出版されました。同書の特徴は,読者がWebサイトで書籍と連動したコミュニケーション・スキルのテストをオンラインで受験し,セルフチェックできるこ とです。スキル・テストは本来購入者だけに提供していますが,ネクストエデュケーションシンクでは,ITpro読者向けに簡易版テストを無料で提供しま す。受験者の中のあなたの順位を知ることもできます。ぜひ受験して,あなたのコミュニケーション・スキルをチェックしてみてください。

ITpro読者向け コミュニケーション・スキル無料簡易版セルフチェックはこちら

アンケートページから本ページへ戻ってしまう場合は,ブラウザ等のポップアップブロック機能を一旦無効にしてください。詳細はこちら