私は以前から、「ITサービス会社には是非この好況を利用して、量の拡大ではなく質の転換を実現してほしい」と思っていた。だから実際に、そういった志ある企業の話に触れることができるのは、愉快なことである。日経ソリューションビジネス4月15日号の特集で取り上げた企業は、“蛮勇”を奮って顧客との関係を変えようとしている。まさに「山が動き始めている」、そんな感じだ。

 情報技術開発という中堅SIerは、ユーザー企業200社に対して「人月単価を提示してきたビジネスをやめる」と宣言したそうである。しかも言うだけでなく、「サービス契約変更のお願い」との文書を社長宛で送付し、契約形態の変更を要請したとのことだ。社内からは「契約を打ち切られる」との反対の声が数多く上がり、この会社の社長自身も顧客の3割を失うと覚悟したが、結果は8割以上の顧客が人月単価を示さない請負契約への移行を了解してくれたという。

 この事例はとてもエッジの効いた話だが、そのほかにも単なる“人出し業”からの脱却し、“価値を売るビジネス”へと転換を図ろうとするITサービス会社が増えてきたようだ。こう丸めて書くと話は簡単だが、実際にやろうとすれば、顧客の課題を発見・分析できる能力を持ち、ソリューションの提案力を磨き、約束通り提供できる技術力・プロジェクト管理力がなければならない。第一、顧客がアグリーしてくれなければ、話にならない。

 そもそも、人月ビジネスからの脱却の必要性は10年前、あるいは20年前から声高に叫ばれてきたことだ。でも、今までは出来なかった。出来なくて当たり前である。ITサービス会社の力量不足もさることながら、ユーザー企業にとって「人を出してくれること」が最大のソリューションだったからである。

 以前なら、金融機関を中心に大手ユーザー企業がIT投資の主要部分を担い、しかも彼らには強力なIT部門があった。IT化もバックオフィス系の業務が中心で、今のシステムほど難易度は高くない。当然、IT部門自身が要件をまとめ、厳密なシステム仕様書を作り、プロジェクトをマネジメントする。だから、今風のソリューション提案も不要なら、コンサルティングも不要だった。

 唯一の課題と言えば、開発のための人員を確保できるかどうか。こればっかりは、ユーザー企業の力ではどうしようもない。だからユーザー企業は、プライム契約のITサービス会社に対して、技術者を需要に合わせて安定供給することを期待し、ITサービス会社もその期待に応えた。その結果出来上がったのが、ITサービス業界の多重下請け構造。当時のITサービス会社やITサービス業界は、少なくとも大手ユーザー企業にとっては“完璧なソリューション・プロバイダ”だったのだ。

 だから、ITサービス会社は人月商売の人出し業から脱却できないし、逆に脱却してはならなかったのだ。ところが今、冒頭で紹介したような人月商売から決別する動きが出てきた。それは何故か。

 この特集の著者も書いているし、私が何度も指摘してきた通り、多くのユーザー企業のIT部門の弱体化が進んでいる。弱体化したIT部門は、もはや自分たちだけの力で、システムを企画したり、開発プロジェクトをマネジメントしたりすることが不可能になりつつある。ITサービス会社に今風のソリューション提案を求めなければ、自らの仕事を完遂することはできなくなってきた。

 にもかかわらず、これまでは昔の“商慣行”が残り、ユーザー企業は力もないのにITサービス会社を依然として人出し業者扱いし、ITサービス会社も御用聞きの心地よさから抜け切れず、提案力を磨くことを怠ってきた。その結果、近年システム障害などのトラブルが頻発し、開発現場が疲弊して新3K(きつい、厳しい、帰れない)が常態化してしまった。

 だが、さすがに今は、それじゃもう回らないことを、一部の勘違い企業を除いてユーザー企業は広く自覚するようになった。だから、ITサービス会社が契約形態を変えると通告しても、「何をエラそうに」とは思わなくなった。むしろ、「それじゃ、是非ソリューションを提案してくれ」と期待をかけるようになった。

 つまり、ITサービス会社が顧客との商慣行を変え、ビジネスモデルを変革するため条件は整いつつあるわけだ。もう「そんなことを言ったって、お客がウンと言うわけがない」いった言い訳は通用しない。しかも今は、空前の技術者不足。間違いなく売り手市場だ。ITサービス会社の経営トップに志さえあれば、新しい地平に一歩踏み出すことができる。「お客さんのために」と、技術者の頭数を集めるようなアホなことをしている場合ではないのだ。