下請け企業への丸投げや偽装請負の横行,新3K(きつい・厳しい・帰れない)の汚名,個人情報漏洩事件,システム障害,システム構築プロジェクトのトラブルを巡る訴訟―。残念ながら,IT業界には明るい話題よりも暗い話題が目立つ。成長産業である割には閉塞感が強い。記者自身,そう感じることもしばしばだ。

 そうはいっても,社会や企業におけるITの利活用は進み,ITサービス産業は,約15兆円規模といわれる巨大なビジネスに成長した。最近は“金融特需”の恩恵もあり,ITベンダー各社の業績はまずまず。あちこちで「案件があまりに多く,エンジニアが不足している」との声もよく聞く。

 この好況を良しと考えて,何も手を打たなくていいものだろうか。そうではないだろう。「ITサービス業界は,まだ基幹産業としての体をなしていない。魅力ある産業にするために改革が必要だ」。JISA(情報サービス産業協会)の棚橋康郎会長はそう明言している。やはり魅力ある産業に変身するために,何からの手を打つべき時期にあるのだ。国内のITサービス需要も早晩頭打ちになる。金融特需も2009年ごろには終わると言われている。今のうちに動き出すべきだろう。

 それにしても,なぜIT業界には閉塞感が漂っているのだろうか。今後,IT業界はどうなるのか。それを探ろうと,今年に入って精力的に取材した。そこで感じたことを,書かせていただく。

ユーザーとベンダーが互いのレベルをガマンする不健康な関係

 「ユーザー企業のIT部門の弱体化が,システムの仕事にかかわる多くの人々を不幸にしている」。記者は今,こう考えている。「お前はITベンダーの味方かよ」と,ユーザー企業のIT部門の方々からはお叱りを受けそうだが,それも仕方ない。興味をお持ちの方には,もう少しお付き合いいただきたい。

 ユーザー企業のIT部門が弱体化したのは,極端な人員削減を進めてきたことと,それに反して情報化テーマの難易度が高くなってきたことにある。ユーザー企業のIT部門の多くは,「システム企画に特化」との名目で過剰なまでに縮小されてきた。

 それなのにだ。IT部門は「システムを導入して合理化」といった単純なものから,「売り上げ増大」「新たなビジネスモデルの創出」など一筋縄ではいかない様々な課題を抱えている。これらに加えて,セキュリティ対策,内部統制…。多くのIT部門は物理的にツライ立場にある。

 ITベンダーは本来,ユーザー企業とともに成長していくものだ。だが,弱体化したIT部門と付き合っているITベンダーもレベルを合わせるかのように弱くなっている。「システム構築費用の見積料金がいい加減すぎる」「プロジェクトが当初の納期・予算どおりに進んだためしがない」「我々が求めるような魅力的な提案をしてくれない」。ITベンダーに対するユーザーの不満は募るばかりだ。

 その一方,ITベンダーも弱体化したユーザー企業のIT部門に不満を持っている。「システムの仕事はすべてお任せで,当事者意識がない」「システムに求める要件をきっちり決めてくれない」「製品やサービスの価値よりも,人月単価を下げることにしか関心がない」。

 互いが相手のレベルに不満を持つ。こうしたイマイチな関係では,ストレスも溜まるものだ。

 それでもビジネスだし,みんな“大人”だ。互いに腹の底では文句を言い合いながらもガマンして,“古くからの付き合い”を大切にしてきた。経営を支えるシステムを止めるわけにもいかないからだ。

 ビジネスに我慢は付き物だが,こうした関係はちょっと“不健康”すぎはしないだろうか。システムの仕事は,ユーザー企業とITベンダーが一緒になって作るものだけに,目的や使命感を共有することが大事だと思うのだ。“想い”の共有が,ユーザー企業とITベンダー双方にとって,プロジェクト完遂後の達成感につながるはずだ。

ITベンダーはこれ以上悪くならない

 ユーザーとITベンダーの関係が良好であれば,業務の負荷が多い3K職場だろうが,システムの仕事に携わる人材の士気は上がる。楽観的すぎるかもしれないが,記者はこう考えている。

 実際,「もっとユーザー企業との関係を良くしよう」と改革に挑むITベンダーにも数多く出会えた。そういうITベンダーを取材すると,「IT業界は必ず良くなる」と思えてくる。

 例えば,ユーザー企業との契約形態を見直すことで,自社のサービスの価値を高めようとしている情報技術開発がその1社だ。同社は2006年9月,ユーザー企業200社に対し,「人月単価を提示してきたビジネスをやめる」と一斉に文書で通告した。弱体化するユーザー企業のIT部門の“御用聞き”役ではなく,頼りがいのある存在になるため,自らの提案力や技術力を高めようと改革を進めているのだ。

 このほかITサービス業界最大手のNTTデータをはじめ,NEC,富士通,富士ソフトなどが変革に挑んでいる。こうした各社の取り組みやIT業界の構造問題については,日経ソリューションビジネス4月15日号の特集記事「胎動!IT業界維新」としてまとめた。ぜひご一読いただきたい。

 最後に宣伝させていただいたのは,過去のやり方を見直す各ベンダーの意気込みを,1人でも多くの方に感じてもらいたいからだ。手前味噌だが,ベンダー側の方には,ユーザー企業のIT部門に真のソリューションを提供するITベンダーに変身するためのヒントが見つかるものと信じる。

 個人的には「日本のITベンダーはやっぱりすごい」と見直し,応援する人が増えることを期待している。少なくとも記者は,取材を通じてそう思えた。そのことが自分にとっての最大の収穫だった。