前回は,私たち3人のチームが一体化できない状況をご紹介しました。坂本が岡田を攻撃するような発言を行ったため,せっかく,新しい仕事に乗ってこようとしていた岡田のモチベーションは,かなり弱まってしまいました。

 それだけでなく,岡田の坂本に対する「批判的な気持ち」は相当高まったと思いました。このままでは,部下の2人の人間関係は悪化し,双方安心して「自分が考えた意見・アイデア」を言えなくなると懸念しました。

 そこで,私は,坂本と話をして,彼の心の深層に何があるのか,彼のエネルギーを前向きな仕事に向けるために何をすべきかを考え,実行しなくてはならないと考えたのです。

 岡田を事務所に帰した後,会議室には坂本と私だけが残りました。

芦屋:いいか坂本,ああいう言い方はよくない。もともと岡田は君に悪い感情はないのに,あんな言い方していると関係が悪くなって仕事がやりづらくなるぞ・・・俺は,そういう関係の部下たちと一緒に仕事をしたくないよ。生産性低くなるからな。

坂本:・・・すみません。そういうつもりはないですけど。ただ,自分のやってきた仕事と違うので。いいのか,どうなのか判断はできません。

芦屋:そうか。

坂本:・・・

芦屋:なあ,君の仕事観というのはどうなのか?

坂本:別に・・・普通だと思いますけど。

芦屋:何をしているときが楽しいか?どういうことが好きなのか?そういうことを知っておきたいと思っているんだよ。

坂本:・・・

芦屋:なあ,そういえば,君は前に特別プロジェクトで,新しい情報共有のシステムを導入してなかったっけ。確か,専務が導入したいと言って,他のスタッフが反対したという・・・君が,一人で他人を説得して導入したんじゃなかったっけ。部長から聞いたよ。

坂本:・・・あれは,大変でしてね。誰も,みんな反対だったんですよ。効果ないって。でも,みんな,ちゃんと分析しなかった。ただ,面倒だから,反対していたんだと思います。

芦屋:そうなの?その事情は知らなかったけど。

坂本:あの組織は駄目ですよ。みんな何も知らないし,調べない・・・努力しないんですよ。新しいことを嫌う・・・何も変えないんです。

芦屋:そうなの?

坂本:ずっとそうです・・・入社したときって何も分からないから自分の意見が言えないじゃないですか。だから,一生懸命勉強しました。とにかく,分かるまで深く,コンピュータのこと,業務のことを勉強しましたよ。

芦屋:そうなのか,それで,君はどうなったの?

坂本:自分の意見を言いましたよ。自分が一番わかっていると思いましたし,周囲にも,絶対負けないと思ったので・・・

芦屋:そうなの。それはごめん,知らなかったよ。それで,君の評価は?

坂本:最初の上司はよかったんです。「君は評価がいいから頑張れ」とよく言われました。でも,次が駄目でした。何が悪かったのか。相性なのか・・・

芦屋:それで,周囲の人は?

坂本:まあ,上司がそうですから。みんな,同じですよ。あいつら,勉強しないし,新しいことは嫌い。問題は解決できない。まあ,そんな組織なんですよ。あそこは。まあ,今回,ここにこれてよかったですけどね。ある意味。まあ,ぜったい許さないですけどね。

芦屋:そうか,なるほどな。分かったよ。でもな。坂本,上司の立場でも考えたほうがいいぞ。

坂本:・・・

芦屋:上司は上司で部下を使って仕事の完成責任をもっている。部下が優秀でも,上司が使えないと判断することもある。そういうことも考えたほうがいい。君もだんだん分かるようになる。

坂本:・・・

芦屋:なあ,君は,新しいことや困難なことを解決するのが好きな人間なんだな。今の話を聞いてわかったよ。

坂本:そう思いますか?自分もそれは,そう思うんですよ。

芦屋:なあ,君は,今後どうしたい?

坂本:どういうことでしょうか?

芦屋:俺はな,今度の仕事は,この会社のIT企画の仕事を変えるものだと思っているんだよ。この会社のIT部門には,システム構築に関する基本的ノウハウはあるけど,それは,社内のユーザ部門を相手にしてきたものだよ。当然,ITベンダー出身のエンジニアもいるけど,基本的にはないよね。今回のように,販社の人を振り向かせて,提携にもっていくような,戦略シナリオ構築力,交渉力,ドキュメントスキルなんかのビジネススキルやヒューマンスキルはないんだ。

坂本:それは,そうですけど。でも,私たちはエンジニアですから・・・

芦屋:でも,エンジニアだからこそ,そういう能力が必要だと思う。システム開発は,要件定義に失敗したら,かなり厳しくなるよね。仕様を合意できなければ,後でかならずひどいことが起こる。僕は,エンジニアは顧客,特に自分たちより立場の強い人を自由自在に説得できなければならないと思う。いつでも,上手く断るようになれないといけないんだと思う。それが,エンジニアの生産性,システム開発プロジェクトの生産性を高めると思っている。それを,ずっと研究している。それを,誰かに伝えたいと思って,今回久しぶりに組織を持つことにしたんだよ。

坂本:それは,そんな能力もほしいですけど・・・

芦屋:そんな能力があれば,外でも食える。君は,この会社の人間を恨んでいる暇なんかないんじゃないのかな? そんな時間があったら,もっと,自分を磨くほうがいい。

坂本:それは・・・

芦屋:俺は,そんな無駄なことしたくない。自分のキャリアを上げたい。他人を恨む暇なんか全然ないと思っている。君も,もし,そう思えるのなら,一緒に新しいノウハウをたくさん一緒に吸収していこうよ。

坂本:・・・それは,非常に面白そうですけど,そんなこと私にできるんですかね。

芦屋:君の能力ならできるだろ。君がすごいのは,探求心なんだよ。これは,なかなか身につかない。それを持っているんだったら,いけるよ。なあ,坂本,約束できるか。もう,過去にこだわるのはやめろ。そんなことはいいことはない。今日から,スキルアップに没頭しなさい。

 かなり長くなりましたが,坂本との会話は,ほぼこのとおりに行われました。

坂本との約束と動機付け

 私は,坂本の一番の問題は,彼の元の職場に対する負の感情が,彼の成長をさまたげていることだと思いました。

 人は,自分だけで成長できません。他人から,「もっとこうしたほうがよい」,「こうすべきだ」というアドバイスも必要です。人が,短い人生の中で,経験できること,見知れることは限られています。だからこそ,他人から情報を収集する,他人が経験したことを教えてもらうという「他人からの知識・ノウハウ」の移転が必要なのです。

 ただし,これを上手く行うためには,自分が「できていない」という自覚と,「知りたい」,「教えてほしい」という素直かつ合理的な考え,行動が必要なのです。

 しかし,坂本にはこれがありませんでした。彼は,自分が元の所属で認められなかったのは「他人のせい」「他人の問題」と考えていたのです。そして,彼は周囲から自分の自尊心を守るために,すべての人間に対して,攻撃的な行動に出ているのだと理解しました。

 そこで,私は,それを何とか解消するようにし,新しいことに没頭できるように動機付けするため,そして,それがより長く継続するために坂本と「約束」をすることにしたのでした。

 この約束は,その後もずっと継続し,彼はさまざまなノウハウを吸収していきました。そして,坂本はその後,自分の過去のエピソードを笑って話せるようになったのです。

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