少し前になりますが、前々回、私と部下の坂本のエピソードを紹介いたしました。この坂本に対する私の態度が一部の方々から「パワーハラスメントである」との厳しい批判を受けました。これに対しては、私の表現の稚拙さもあり、不快な思いをかけてしまったかもしれません。

 しかしながら、この「5分で人を育てる技術」は、実話をほぼ忠実に再現した話であり、実際に発生した坂本をはじめとする部下たちとのエピソードを表現するため、今後とも坂本をはじめとした部下たちに上司として厳しく指導する場面も再現するつもりです。

 私は、仕事上で起こるさまざまな人間と人間のぶつかり合い、それによって引き起こされる、人の怒り、落胆、喜び、感動などの表現は、すべての読者の皆様に常に共感していただけるものではないと思っています。

 なぜなら、読者の皆様の置かれている環境、能力、経験はさまざまだからです。

 部下指導で悩んでいる人には共感され、「参考になる」といわれるかもしれませんし、部下の立場で日頃上司に不満をもっている人には「許せない行為」と批判を受けるかもしれません。

 実際の現場で起こるなまなましい人間問題、事件とその問題解決方法を全国のITエンジニアやマネージャーに紹介することが私の目指すところであります。

 このように、私、芦屋広太の記事は、会話型コラムという手法で、ある企業で実際に行われている事実の記録と教育コンサルタントである私の考え、判断とその対処方法の事例としてお読みいただき、そこから、何かを感じていただけるようにしておりますので、これを踏まえてお読みいただければよいと考えます。

 さて、前置きが長くなりましたが、本文に入ります。

「他人のやる気を奪う」

 あの一件以来、坂本は、私に対しては、いたずらに反抗するようなことはなくなりました。しかし、それは私に対するだけで、もう一人の部下の岡田への態度は変わりませんでした。それは、3人で実施した提案戦略のディスカッションのときにもよく現れていました。

 私は、アイデアを考えるときに、よくブレストやディスカッションを行っていました。このときも、岡田と坂本、そして私の3人で「大手販社」にどうやって深く入っていくか、どうしたら、当社の商品を扱ってもらえるシステムを提供できるかを議論していました。そして、坂本は・・・

芦屋:では、今後どのように動いていけばいいか意見交換しよう。今、先方の担当者である東課長補佐との関係を強化する必要があると思うが、具体策を議論しよう。岡田どう?

岡田:そうですね・・・どうですかね。あまり、思い浮かびませんね。すみません。

芦屋:もっと具体的な課題で考えようか。今、東さんは、どういうことに困っているかなあ。東さんも人間だから、困っていることを助けてくれる会社は、評価高くなって、味方してくれるんじゃないかな。

岡田:そういうものですかね。なんか、システム開発を担当してきた私には、そういうことはピンときませんけどね。

芦屋:そうかな、僕は、個人事業主で、営業をやってきたから、人に好かれたり、信頼されたりする仕事をしてきたけどな。まあ、岡田も提案や企画をすることが多くなるから、システム構築論だけでなく、こういう人間攻略のアプローチも真剣に考えていこうよ。

岡田:そうですね。なら、東さんが作成すべき、コンペ資料の元を作ってあげるというのはどうでしょうか?東さん一人で、10社くらいのメーカーを相手にしているのですよね。大変だと思うんですよ。東さん、知識あまりなさそうだし。

芦屋:そうだな。出し方は気をつけないとな。まあ、あくまで、東さんが「コンペ資料のRFPに使えそう」と思えるように誘導しないと駄目だからな。まあ、そんなことをしていれば、いわゆる返報性が働くよ。返報性は、メリットを受けた人間が相手にお返しをしたいと思う心理状態だけど、僕は営業ではよく使ったな。

岡田:面白いですね。では、具体的に考えましょう。まず、どんな資料にするか考えましょう。坂本、意見ないか?

坂本:・・・

岡田:何かないのか?

坂本:そんなの、変じゃないですか?岡田さん、そんなことして、意味あるんですか?私たちは、システム開発担当者ですよ。要件をもらって作ればいいんじゃないんですか?そんなことして、上手くいくのか疑問ですね。

岡田:じゃあ、お前は、なんか意見あるのか?

坂本:まず、よいシステム作ってもっていかなきゃ駄目じゃないの?

岡田:でも、要件をはっきり言ってくらないじゃないか。東さんは、うちじゃなく、A社と仲いいから、うちには、要件教えてくれないじゃないか。それじゃ、システム作れないだろ?違うのか。

坂本:それは、そうかもしれないけど、僕たちの仕事じゃない。僕の仕事は、要件を受けたあとのシステム開発だと思っている。いままでずっとそうだった。岡田さんは、IT知識があんまりないから、こだわりないんじゃないの?

岡田:お前、失礼な言い方するなよ。今は違うだろ。お前の仕事は、IT企画で、販社との交渉だろ。

坂本:無理ですよ。私たちにこういう仕事は、交渉知識ないし、ずっとシステム開発しかしてないし、岡田さんも一緒。同じですよ。

芦屋:ああうるさい。二人とも静かにしてくれ。坂本、お前本当に態度悪いな・・・もういい。岡田、無視しろ。お前は席に戻って具体案を考えろ。坂本、お前は残れ。話がある。

 坂本は、岡田の一つ年次が下でしたが、歳が近いために、岡田に対抗意識をもっていました。確かに、坂本はIT知識、システム構築知識が高く、よく勉強していました。しかし、その知識を使って、他人を馬鹿にする言動が多く、相手が年上でも、ぜんぜん引かないので、前の部門で周囲から疎まられていたのだと悟りました。

「坂本との約束」

 私は、やはり坂本をこのままにしてはいけないと強く思いました。当然、坂本には坂本の考え方、仕事感、そして人生があるのですが、このままでは、坂本と岡田が対立し、双方が自由に考えたり、行動することができなくなると考えたからです。

 人は、自分の考え、アイデアを自由に発言できなければ、次第に考えることをしなくなります。自分が発言したことが、他人から嘲笑されたり、馬鹿にされれば、以後、発言しなくなるのです。発言しなくなるということは、自分で考えなくなるということです。

 この結果、誰かの言うことを聞いて動くだけの「受身な人間」になり、人としての成長が止まるのです。ここままでは、坂本の発言を岡田が常に批判し、岡田の発言を坂本が批判し、ふたりとも何も発言しなくなることは目に見えていました。私だけが考えて、二人に作業をさせても、彼らの成長にはプラスになりません。なにより、組織がおかしくなるのは、企業としては、問題意識を持たなくてはならないのです。

 そこで、私は、坂本と本音を話し、結果、「ある約束」をすることにしました。そして、その約束は、その後何年にもわたって有効に機能し、坂本は、別人のように大人な人間へと変わっていったのです。

 では、私と坂本は、どんな話をして、私は、彼にどんな動機付けを行ったのかを次回に説明することにします。

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