前回,「“SEの常識”にはSE以外のビジネス人から見ると非常識な点が多い」と述べた。

 おそらく読者の方々の意見は賛否両論だと思う。中には自分が当たり前だと思っていることを真正面から「おかしい」と言われてカチンと来たSEの方もいると思う。読者のコメントや評価からそれがうかがえる。

 筆者はそれに反論するつもりはない。しかし,顧客や営業とギクシャクした時などに一瞬でも「あんな馬鹿なことを言っている奴がいた」と思い出し,「そんな見方もあるかも…」と思っていただければ幸いである。

 日本のITの世界で,SEの考え方や価値観の重要性を訴える人はそう多くはないと思うが,これは筆者が長年のSE人生で学んだことの一つでもある。ぜひそれを頭の隅にでも置いておいてもらえればと思う。

 では,SEは何故“SEの常識”のような考え方をするのだろうか? 今回はそれについて筆者の考えを述べる。

OSスペシャリストだからアプリは知らなくていい?

 筆者のSEマネジャ時代,こんなことがあった。

 ある時,筆者の下に一人のSEが本社のSE部門から異動してきた。そのSEはOSに強かった。当時,会社にはスペシャリスト制度があったので,筆者は彼をOSのスペシャリストに申請し,認められた。

 そして数カ月経った頃のことだが筆者は彼を呼んで次のような話をした。「○○さん,ちょっと気になることがあるので呼んだのだが,私はSEは顧客の業務やアプリケーションの常識的なことを知っているのは当たり前だと思っている。だが,○○さんはそれを心掛けている様には見えないが,何故アプリケーションを敬遠するの?」と尋ねた。

 すると彼は「私はOSのスペシャリストだから」と答えた。そこで筆者は「ちょっと待ってくれ」「OSのスペシャリストなら顧客の業務やアプリケーションの基本も知らなくてよいの?」「一体誰がそれを決めたの?,会社?社長?事業部長?」と尋ねた。すると彼は黙っていたので続けて「それともスペシャリストの規定にOSスペシャリストはアプリケーションの基本を知らなくてよいと書いてあるの?」と言った。

 すると彼は“何故,馬場さんはそんなことを言うのか”と言わんばかりの不審な顔をしていたが,そこで筆者は「そう決めたのは案外○○さんではないの?」と言った。すると彼は「いや,そうではないですが…」と言って後は沈黙だった。きっと,彼は「自分OS関係の仕事をするスペシャリストだからOSだけを勉強すればよいのだ。他のことは関係ない」と頭から思い込んでいたのだと思う。しかも「それは会社が決めたことだ」と錯覚していたのだと思う。そんなところに上司から突然変な質問されて戸惑ったのだろう。

 確かに,筆者のこの質問は意地の悪い質問だと思う。だが,この○○さんのようなSEは,今も昔もどこの会社にも結構いるが,彼のような考え方は正しいのだろうか。読者の皆さんの意見はどうだろうか。

 筆者にはうがった見方かも知れないが,彼は自分のやるべきことを自分の都合のよいように決めているように見えて仕方がない。

「自分の仕事はこれだけ」と勝手に解釈していないか

 これはほんの一例だが,実はSEの世界には,この類のSE流の物の見方・考え方が結構ある。

 例えば「売るのは営業だ。SEには関係ない」,「SEは売上げ目標を知らなくてよい」,「それは俺には関係ない。○○部門の問題だ」,「自分の専門以外は無関心でよい」という類の“SEの常識”などもそうだ。どこに「SEはビジネスに無関心でよい。自分の専門以外は基本的なことも知らなくてよい。顧客の部課長を訪問しなくてよい。挨拶をしなくてよい。顧客の業務を知らなくてよい」などどと決めている企業があるだろうか。

 だが,そんなことはお構いなしに,多くのSEは自分で勝手に「売るのは営業だ。SEには関係ない」とか「自分の専門以外は無関心でよい」などと会社が決めていると錯覚している。

 SEの方は怒るかも知れないが,筆者には,そんなSEは組織や職務を自分の都合のよいように解釈して「自分のやるべきことはこれだ」と,自分に都合よく決めているように見える。それも,腰を引いて自分の苦手なことや嫌なことをできるだけ避けて,仕事の範囲を狭く狭く考えてだ。そして,「これは会社が決めたことだ」と自分で勝手に思い込んでいる。

 筆者は,それは顧客や会社を無視したSEの勝手な論理であり,ある意味では勝手に会社の“せい”にした逃げだと思っている。それなのにそれをSEマネジャの多くが指導もしない。否,SEマネジャもその非常識さに気づいてもいないのかも知れない。

 いずれにしてもそうやって創り上げられたのがSEの世界の“常識”である。筆者はそう考えているが,言いすぎだろうか。

“SEの常識”を打ち破れ

 反論がある人もいると思うが,少なくとも筆者は現役時代そう考えて“SEの常識”を打ち破るために闘った。そして部下に,ビジネス人としてのあり方やSEの存在価値,顧客の期待などの原理原則をはじめ,SEの顧客観やビジネス観,SEのあり方,考え方などをしつこく指導した。

 いずれにしてもSEは“SEの常識=SE以外のビジネス人の常識”にならないと顧客に信頼されないし,社内でも営業などからも頼りにされない。一般の常識が通じない異邦人では,単に便利に使われるだけだ。

 あえて言えば「SEの考えていることは良く分らん。だがいないと困る」と言われるようではSEはマンパワーに甘んじるしかない。そうなりたくなければ,自分のやるべきことを腰を引いて狭く狭く考えるのではなく,視野を広げて積極的にいろんな仕事に取り組むことだ。そして周りの人から「SEはそこまでやるの!」と評されるくらい変身することだ。これが今日の一言である。

 ただ,SEとしての正しい考え方や見方を身に付けることはそう簡単ではない。技術系やビジネススキルなどを身に付けるより遥かに難しい。だが,それが無視できない時代になったと感じているのは,筆者だけではないはずだ。