前回,日本のSEは一般に「物の見方や考え方,価値観」など精神的な面をおろそかにし過ぎではないか,と述べた。

 数年前に比べれば,最近は技術面だけでなく表現力や交渉力,コミュニケーション,チームワークなど,非テクニカルな人間系の面にも力をいれている企業が増えている。このこと自体は非常に喜ばしいことだ。

 とはいえ,技術力があり,プレゼンの仕方やコミュケーションの留意点を知っていたとしても,SEとしての心構えなど精神面が脆弱では,決して一流のSEにはなれない。例えば,SEの世界で問題視されている「技術偏重」,「ビジネスに無関心」,「お客様と壁を作る」,「顧客の立場でものを考えない」,「理屈っぽい」などと言う問題はこの精神面の範疇の事柄である。

 この,SEの精神面の問題は今も昔もほとんど変らないようである。そこで前回も述べたが,筆者は現役時代,部下のSEに対し,仕事にまつわる物の見方や考え方を徹底指導した。今回は,当時筆者が考慮した主な事項について述べる。

対顧客・対ビジネスの考え方を中心にSEを指導

 SEの仕事にまつわるものごとで,考えなければならない事項は無数にある。例えば「SEとは何か?顧客とは何か?ビジネスとは?チームワークとは?美しい設計とは?セリングとは?」などなどだ。

 筆者はその中でも特に,「SEとして顧客とビジネスをどう考えればよいか?どんなスタンスをとるべきか」---この顧客とビジネスに対する考えた方を中心に指導した。それはSEが顧客とビジネスをどう考えるかによって日頃のSEの行動の仕方や姿勢が大きく左右され,またそれがビジネスに大きく影響するからだ。

 例えば,SEが日頃仕事をしていると様々なことが起こる。「お客様が○○についてクレームを言われた。開発が遅れそうだ。競合他社が売り込んでいる。システムトラブルが起こった。元請けが約束を守らない。営業が勝手なことを言う」などなどだ。

 そんな時,SEは,純粋に技術的なことに対してであれば,程度の差はあっても自分の問題として対応できる。だが,顧客関係やビジネスが絡む問題だとそうはいかない。

 顧客やビジネスに対する考え方がしっかりしているSEはそれにきちっと対応できるが,そうでないSEはなかなかうまく対処できない。往々に余計なことを言ったり,下手に対応して余計な問題を起こしたり,トラブルを長引かしたりする。中には「自分には関係ない」と,逃げたり傍観したりするSEもいる。すると結局はSEマネジャや営業がそのパッチングワークでバタバタする。下手をすると顧客の信頼を失いかねない。

 いずれにしても,SEが顧客やビジネスに対する考え方が脆弱だと,様々な問題が起こるし,ビジネスにも支障が起こるものだ。

部下全員の前で公言する

 純技術的な事柄ならともかく,顧客やビジネスに絡む事柄や問題にぶつかった時,SEは往々にして「これを自分だけで決めてよいのだろうか」,「ビジネスに影響があったら営業に迷惑をかけないだろうか」,「これはSEの問題だろうか」などと考える。それは多くの場合,IT企業では,SEが仕事上やってよい事柄や責任範囲があいまいだからだ。この心理は営業系の方には分かりにくいだろうと思う。

 そして,そのうえ,いざ何かやるにしても顧客やビジネスに絡む問題だと「お客様が言ったことを断ったら上司は文句を言うかな」,「これを引き受けたら上司は怒るかな」,「営業は文句をいうかな…」などと気になるものだ。これではSEが顧客の前で堂々とプロらしく自信を持った発言や行動はできない。

 SEなら誰しも,大なり小なりそんな経験があるはずだ。筆者自身も若手SE時代はそうだった。

 そこで筆者は「これではまずい」と考え,SEマネジャになってからは会議など部下全員の前で仕事にまつわる様々なものごとに関する自分の考え方を,説明し公けにしていた。

 例えば「SEのお客様のスタンスは馬場はこう考える」と話し「皆も異論がなければこの考え方を基準にして日頃行動してほしい」と指導した。以前このブログで述べた「SEの任務はビジネス目標と達成とお客様のご満足度だ」,「顧客が51:会社が49」,「技術屋は倫理観を持て」などもそのたぐいである。

 また「正しいと思えば顧客や営業と喧嘩してもよい」などと物騒なこともよく言っていた。すると部下は日頃仕事上で様々の問題にぶつかった時には「こんなケースは馬場さんはきっとこう考えるはずだ」,「きっとこう対応するはずだ」とか「この問題は顧客に断っても馬場さんが文句を言う訳はない」などと考えて自分でどうするかを判断するようになった。そして顧客に自信を持って「それはこうやりましょう」とか「任せて下さい」とか「それはできません」などと言っていた。

 ただ,部下のSEひとりひとりに自分の考えを言うのは簡単だが,若手からベテランまで全員集まっている前で「自分は○○はこう考える」と言うのには,それ相応の考え方と見識がSEマネジャに必要である。下手をすると総スカンを食いかねない。勉強は必須である。

SEマネジャには謙虚さが必須

 SEマネジャやベテランSEなど後輩を教える立場の人間は,仕事にまつわる様々なものごとについて,正しい考え方と見識を持っていることが重要である。だが彼ら/彼女らも神様ではない,間違いもある。

 そのため,人間らしい謙虚さ,素直さも必要である。例えば部下と何かについてこうだああだと討議していると「なるほど」と思えることを言う部下もいる。そんな時には自分の間違いを認め,部下の意見を吸収する謙虚さ,素直さが必要だ。強引に自分の意見を通すのは考え物だ。

 中には変な考え方をしているSEマネジャや先輩SEが,後輩に「それはこう考えるんだよ」と格好をつけて教えている場面も見かけるが,それでは悪貨が良貨を駆逐しかねない。SEの世界は徒弟制度的なところがあるぶん,要注意である。

 以上色々述べたが,要は上司はSEとして顧客やビジネスに対する考え方を公にすることだ。そうすれば,SEは仕事上いろいろな状況や問題が起こっても,「上司がどう思うか」などくだらないとを考えなくて済み,きちっと対応するはずだ。そのためにもSEマネジャは自分の考えを自問自答し,おかしい点があれば軌道修正し,堂々とに部下に自分の考えを示すことが不可欠だ。これが今日の一言である。

 すると部下は自分で自信をもって顧客に自分の言葉で「こうしましょう」と言いきる様になる。自信も沸く。責任感も増す。当事者能力も増す。生き生きとプロらしく働けるなど良循環が起こる。