7月13日木曜日の午後,福岡空港に降り立つと梅雨はどこかへ消えていた。深い青色の空に「これが入道雲だよなあ」と思わず見とれるほど入道雲らしい真っ白い雲が,高く大きく積み上がっていた。外に出ると一瞬サウナに入ったような強烈な暑さ。実はこの梅雨明け頃の,一番暑い夏が好きなのだ。烈日という呼び方がぴったりの太陽がエネルギーを注ぎ込んでくれるように感じる。
博多はちょうど祇園山笠祭りの最中で,街のそこここに飾り山(写真)が置かれ,締め込み姿の男衆は気合をみなぎらせていた。夏は祭りの季節だ。
さて,今回のテーマは博多とも祭りとも関係ない。筆者が現在注力しているネットワーク・リストラを,積水化学さんを事例に紹介したい。変化の激しい中で,企業ネットワークのライフサイクルをどう考えるか,設計のポイントは何か,参考にしていただきたい。
半年で作れますか?
祇園山笠の飾り山 |
すぐ,具体的な提案のために動き始めた。ほぼ週1回のペースで現状ネットワークのヒアリングや提案書の提示,そのレビューと修正を繰り返し2カ月あまりで大詰めを迎えた。競合他社の提案との比較評価も終わり,決めていただく時期になった。そこで積水さんから問われたのは「半年で作れますか?」ということだった。IP-VPNを使った大小約700拠点あるネットワークを,機器も回線もきれいさっぱり捨て去って作り変えるのだ。設計から試験,試行を経て700拠点の移行を6カ月というのはすごく短い。しかし,私は言下に「出来ます」と答えた。半分は気合だ。すぐに頭の中に設計の中核になってもらうメンバーの顔を思い浮かべながら線表を組み立ててみる。設計1カ月,試験1カ月,試行1カ月,全拠点移行3カ月--。大変だが何とかなると思った。
短期間で構築することのメリットは二つある。第一にネットワークのライフサイクルを短くでき,陳腐化リスクを避けられること。以前にもこのコラムに書いたとおり,技術進歩と通信サービスの変化が速い時代には陳腐化リスクを避けるため,開発完了から次の更改までのライフサイクルは短い方がよい。そのためには開発自体に長期間かけたのでは話にならない。
積水さんの場合は設計から構築まで半年,構築費用・機器・保守運用・回線のすべてを24カ月レンタルで提供する契約とした。レンタルなので,移行当初から従前のネットワークより安価なランニングコストを享受できる。
短期間開発の二つめのメリットは開発コストそのものも削減できることだ。 線表が長いと設計チームや展開チーム(工事調整やその実行をする部隊)を長期間かかえることになり,その人件費が高くなる。線表を長くし,それに反比例してチームの人数を減らせるなら人件費の総和は変わらない。しかし,プロジェクト管理やコアの技術者の人数は簡単に減らせない。また,移行期間を短くすることで現行ネットワークと新ネットワークの並行運用期間が短くなり,重複費用が削減できる。素早く構築することで大幅なコスト削減が可能なのだ。まさに,Time is Moneyだ。
三つの設計ポリシー
ネットワーク・リストラの目的はネットワーク・コストの削減とブロードバンド化を図り,自営FMC(Fixed Mobile Convergence)をはじめとする高度なアプリケーションのインフラを整備することだ。その設計ポリシーは三つある。
ブロードバンド回線主義,実質主義,差別化ルーティング主義だ。ブロードバンド回線主義とは,これまで企業ネットワークの主役であった専用線を捨てて極力,Bフレッツ/フレッツADSLなどのブロードバンド回線を使うということだ。
かつてネットワークの世界は企業向けの専用線サービスに新技術が導入され,それがネットワーク全体をリードしてきた。94年フレームリレー,97年ATM,99年広域イーサネット,2000年IP-VPNという具合だ。しかし,ここ数年,ネットワークはコンシューマを中心に新サービスが開発され,ADSLや光ファイバを使った安くて速いサービスが次々登場した。コンシューマ向けであっても企業で使えるものなら,どんどん活用しようというのがブロードバンド回線主義だ。
実質主義とはネットワーク機器をブランドで選択するのでなく,価格・品質・機能を客観的に評価して実質本位で選ぶという当たり前のことだ。当たり前のことなのだが,大企業にはブランド病がいまだにはびこっているのではないだろうか。
差別化ルーティングは送信データの重要度や性質に応じて,送信ルートを変えるルーティング設計の仕方だ。通常のIPルーティングでは送信データの内容にかかわらず送信元と送信先の間で最短のルートを選択するため,すべてのトラフィックが同じルートを流れる。差別化ルーティングでは重要なデータは帯域幅の狭い専用線を流れ,Webブラウジングや情報系のように重要度は高くないが広い帯域幅が欲しいトラフィックはブロードバンド回線を流れるように設計する。
成功要因
完成した積水化学さんのネットワークは図のとおりだ。基幹系システムのある京都データセンター,情報系システムを中心とした東京データセンター,東日本のフレッツ回線を終端する東京通信センター,西日本の大阪通信センターの4センターでコアを構成し,700拠点を収容している。
積水化学のネットワーク構成 [画像のクリックで拡大表示] |
コア部分は広域イーサネットを利用,信頼性を高めるためKDDIとNTTコミュニケーションズでキャリアダイバーシティをとった。カッコ内に情報系と書いてある広域イーサネットがNTTコム,基幹系東西がKDDIだ。
主要拠点以外の大部分の拠点はブロードバンド回線だけで済ませた。主要拠点は帯域幅を最小限に絞った広域イーサネットに基幹系のトラフィックを流し,情報系やインターネット系はBフレッツを流れるように差別化ルーティングしている。広域イーサネットまたはBフレッツのいずれかが障害になった場合は,すべてのトラフィックが残った回線を流れる。ルーティング・プロトコルはOSPFとRIPを使っており,ベンダー独自の機能は使用していない。
一般拠点は主要拠点ほど端末数が多くないのだが発注などの重要な業務があるため,NTT東西のBフレッツをソフトバンクのADSLでバックアップしている。アクセスが光(Bフレ)とメタルで二重化され,局設備もNTT系とソフトバンク系で二重化されるので信頼性がぐっと向上する。
すべての拠点のルーターは安価で高性能な国産ルーターにリプレースした。センター拠点のルーターはルーティング負荷が大きいため100万円台のルーターを使っているが,それ以外の拠点はすべて同一機種のBBR(ブロードバンド・ルーター)で,iPodよりちょっと高い程度の価格だ。しかし,安いといってバカにしてはいけない。主要拠点の構成に見られるように2台でVRRPを使い相互バックアップもできれば,帯域制御や優先制御もできる。実際,数十拠点あるVoIP拠点では音声帯域の確保や優先制御を施している。
短期間の構築が成功した要因は,設計チームの少数(3人)だが優秀なメンバーの活躍,展開チームの頑張り,積水化学さんの的確で速い決断力,その関係会社であるNTTデータセキスイシステムズさんのエンドユーザー調整力・統制力,これら関係者が一体となったチームワーク,にあると思う。 700拠点という大規模ネットワークでも半年できれいに再構築できるのだ。高い専用線とブランド品をいまだに多用している企業は今すぐリストラを検討したらどうだろう。
夏の二面性
祇園山笠の熱気に包まれる博多の街を見ていると,生命のエネルギーにあふれる夏を感じることができる。しかし,短く過ぎ去る夏は命の終わりも予感させる。先祖の供養をするお盆という慣習もそんなところから来ているのだろう。夏は面白い季節だ。