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 6月17日金曜日,梅雨がひと休みした暑い午後,神田一ツ橋の如水会館へ出かけた。MIS(Management Information System)に関する研究会で講演するためだ。この研究会は日本を代表する化学メーカー20数社がコンピュータ・システムに関する啓蒙や情報交換のため,毎年2回開催しているもので今回が102回目だという。講演依頼をいただいたとき,変わらないものや継続するものにあこがれのある筆者は,研究会が自分の生まれる前から半世紀以上続いていることに驚き,ちょっと感動した。

 MISは,経営意思決定に必要な情報を経営者から実務レベルの管理者にまで一元的に提供することを目的としたシステムの概念で,1950年代に米国で生まれ60年代には日本でもブームになった。しかし,当時のコンピュータ技術の限界から非現実性が批判され,MISという言葉自体も聞かれなくなった。この研究会の名称からMISをはずすことを検討したそうだが,伝統のある名前であるため残したそうだ。

 筆者はIP電話やこれからのネットワーク設計の考え方について講演した。私とほぼ同年代の部長,次長クラスの方が多かったこともあり,楽しく話すことができた。

 もう一つの講演は旭電化工業 情報システム部課長,千葉哲氏の「IP−Phoneとオフィスプラン」。旭電化工業には東京ガスと同じIPセントレックスを新本社ビルに採用いただいた。千葉さんの話はIP電話についてだが,私などとは全く違う視点が新鮮で勉強になった。

 今回は筆者の講演と千葉さんの講演のエッセンスを,「主体性」というキーでつないで書いてみたい。

垂直統合から水平分散へ

 筆者の講演はこれからの企業ネットワーク設計の考え方を軸に,東京ガスのIP電話やSkypeのことなど多岐にわたった。

 皆さんに一番伝えたかったメッセージは,「主体的に技術や製品を選択することを放棄したら,情報システム部門である皆さんの存在価値は半減します。オープンな設計で,ネットワークを構成するコンポーネントである機器や回線,さらにはSIベンダーさえいつでも選択し,リプレースできるようにすべきです」ということだった。筆者のようなSIerもコンポーネントの一つにすぎず,サービスレベルが下がればいつでもクビにして,別の業者に切り替えるべきだと申し上げた。

 講演の冒頭で説明したネットワーク・トレンドの中では,昨年11月に公表されたNTT中期経営計画についてコメントした。私がこの経営計画の中で注目したキーセンテンスがある。「お客さまが事業者やサービスを自由に選択できるネットワーク環境が必要です」という一文だ。これが2010年までの中期経営計画を実行する中でどこまで実現されるかは分からない。しかし,ユーザーにとっての理想的な環境を目指すというNTTのコンセプトは素晴らしい。

 ユーザー主体の環境を実現するには,ネットワークを垂直統合モデルでなく,水平分散モデルにしなければならない。従来,通信事業者やメーカーはユーザーを縛りたいがために垂直統合志向だった。ネットワークの階層モデルに沿って言えば,最下位の物理層に相当する光ファイバやADSLなどの物理的回線,その上の広域イーサネットやIP-VPNなどの伝送サービス,さらに上位の電話サービスやインターネット接続サービス,そしてネットワーク機器。これらを上から下まで1社が提供するのが垂直統合モデルだ。

 A社の光ファイバーを使うと電話もインターネット接続サービスも,接続用のルーターもA社のものを使わなければいけない。そんな通信業者がいまだにある。

 コンピュータ・ネットワークの世界ではつい数年前まで,ベンダー独自のネットワーク・アーキテクチャであるSNAやFNAが使われていた。そのベンダーの機器同士は容易につながるが,他社の機器とは接続もままならない。ルーターでIPネットワークを通そうとしても,ベンダー独自プロトコルをサポートしたルーターでないと使えない。結果,ホスト,端末,ネットワーク機器,すべて同一ベンダーという状態が当たり前にあった。TCP/IPが一般化したことでこの状況は一変し,ネットワーク機器や回線を階層ごとに選択できる水平分散モデルで企業ネットワークを構築できるようになった。

 IP電話の世界は垂直統合モデルがはびこっている。例えば独自性の強いSIP(Session Initiation Protocol:IP電話の呼制御プロトコル)を使った無線LAN端末とそのサーバー,それらと緊密に結び付けられた無線LAN機器。これではサーバーも,端末も,無線LANも1社から購入せざるを得ない。

 IP電話でも筆者の取り組んでいるIPセントレックスのように,端末やネットワークの選択肢が多い水平分散志向のものもある。さらに言えば,Skypeは水平分散の典型だ。回線が何であれ,インターネット接続サービスがどこであれ,その上で使うことができる。Skypeのような電話サービス,さらには映像伝送サービスが数多く登場すれば,NTTのいう「お客さまが事業者やサービスを自由に選択できる」が実現することになる。

 水平分散モデルはユーザーがそれを望み,技術やサービスを選択しさえすれば今すぐ実現できる。要は主体性を発揮できる環境を手に入れるためには,ユーザー自体が主体的なマインドを持ってさえいればいいということだ。簡単なことのようだが,自分は主体性を持ち,選択していると言い切れる人は少ないのではないだろうか。主体性には必ず責任がついてくるからだ。

オフィスプランの主体

 旭電化工業の千葉さんの話は,IP電話やLANの設計・工事とオフィスレイアウトを情報システム部が主体となって一元的に行うべきだ,という視点が新鮮で勉強になった。オフィスの移転や新設の際に,レイアウトは総務部が決めることが多い。エンドユーザーからオフィスレイアウトの要望を聞くと,それを什器販売会社(机などを販売している会社)に依頼してレイアウトを作成し,机や什器を配置する。それと別の動きでLANの配線や電話工事を行う。レイアウトが直前まで決まらず,配線を図面なしに当日現場で業者に指示して間に合わせることもめずらしくない。

 しかし,パソコンが1人1台になり,IP電話が導入されると,机や什器のレイアウトはLANやIP電話の配線設計と一体的に行う必要があり,総務部主体では困難になった。旭電化工業では,情報システム部門がCADを使ってレイアウトやLAN配線図面を作成し,配線メンテナンス性の高い机を選択して新本社のオフィスプランを作成しているそうだ。

 新本社ビルのレイアウトともなれば,社長をはじめ全社員の注目が集まり,責任は重い。それでも自分の責任範囲を広げて主体的にいいオフィスを作ろうとされるところが素晴らしい。サラリーマンにありがちな押し付けや丸投げがない。面倒なことは他のセクションに押し付ける,あるいはレイアウトを考えるのが大変だからと選択することを放棄し,什器販売会社に机も,配線も,ひどい時には電話機の選択も丸投げする。そんなやり方ではコストが高くつくし,ベストのオフィスレイアウトになる保証もない。旭電化工業のような主体性が情報システム部門の存在価値を高めることになるのではないだろうか。

 千葉さんによるとオフィスプランでは,フリーアドレスとかノンテリトリーというレイアウトが話題だそうだ。フリーアドレスは各自の机を固定せず,机の数が社員数より少ないこともあるレイアウトである。ノンテリトリーは座る場所は決まっているが,占有する机のスペースは必要に応じて変わるというもの。旭電化工業ではどちらも採用しなかった。社員の机は社内において「自分の城」であり,それを大切にする方針にしたとのこと。

 流行に惑わされず,自社のコンセプトをしっかり持って事を進める。どんな仕事においても,そうありたいものだ。

パーティにて

 研究会が終わり,パーティが始まった。皆さんに自分の講演の感想や意見を聞くのは楽しいことだ。パーティが終わると40人ほどの名刺をいただいていた。皆さんの感想を一言で表すと「インパクトがあった」に集約される。

 筆者は当たり前のことしか言っていないのだが,皆さんがこれまで付き合ってきたメーカーや通信業者とはまったく違う視点であること,いい難いことをズバリと言い切ることが新鮮だったのだろう。

 かなりお酒が入っていて,パーティの最後の主催者によるスピーチはクリアに記憶していない。しかし,はっきり覚えているのは「インパクト」と「選択」というキーワードが入っていたことだ。筆者の話が皆さんにとって,いい意味で刺激になったのなら幸いだ。

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松田 次博情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に,本コラム30回分をまとめるとともに,企業ネットワーク設計手法について新たに書き下ろした『ネットワークエンジニアの心得帳』がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。