WANの帯域を広げたが,体感速度が上がらない---。この問題の克服をうたった「WAN高速化装置」が,相次いで登場している。機器を活用してWANの実効速度が向上すれば,LANとWANの区別は事実上消滅。企業ネットワークは一変する。(島津 忠承=日経コミュニケーション

 イーサネット回線やブロードバンド・アクセスで広帯域化したWANを,もっと業務効率の改善に役立てたい---。そう考えるユーザー企業が増えてきた。例えば,CAD(Computer Aided Design)のデータを本社と拠点間でリアルタイムで伝送するといった需要である。

 こうしたユーザーの要望に応える製品が,「WAN高速化装置」である。大手機器メーカーを中心に,最近になって登場し始めた。これらの機器は,WANを介した通信を最適化し,データの伝送時間を大幅に短縮することをうたっている。環境によっては10倍以上も速くなるケースがあるという。

TCPやファイル共有プロトコルは遅延が苦手

 WAN経由のデータ伝送が遅い問題は,従来は回線の伝送速度が主要因だった。しかし最近はブロードバンド・アクセスなどが定着し,拠点間を数十Mビット/秒クラスの回線で接続する企業も珍しくない。伝送速度で見ればLANとWANの区別は事実上なくなった。

 ところが,拠点からセンターのサーバーにアクセスすると,意外に実効速度(スループット)が上がっていない事実に気付く。WANで見かけ上の伝送速度ほどスループットが出ないのは,主に遅延が原因。物理的な距離などの問題で,LANよりも遅延が大きくなるからだ。

 例えば,IP-VPN(仮想閉域網)サービスがSLA(Service Level Agreement)で保証する網内の往復遅延時間は,月間平均35ミリ秒程度。広域イーサネット・サービスでも,東京-大阪間で20ミリ秒程度の往復遅延が発生する。これに対してLAN内の遅延は1ミリ秒に満たない。

 一方,TCP通信は通信の信頼性を確保するため,サーバー-クライアント間で頻繁に確認応答を繰り返す。遅延が大きいと確認応答が遅れ,肝心のデータを送れない時間が長くなる。これがスループットの低下につながる。

 TCP通信で,確認応答をせずに一度にやり取りできるデータ量を「TCPのウインドウ・サイズ」と呼ぶ。Windows XPでのウインドウ・サイズの標準値は16Kバイト。遅延が20ミリ秒でのスループットは6Mビット/秒余りとなる(図1)。高速な回線を利用していても,7M超のスループットは期待できないのだ。

図1●WANでの通信でスループットが上がらない原因
図1●WANでの通信でスループットが上がらない原因
(1)TCPレベルでのウインドウ・サイズの大きさによる問題(図)と,(2)CIFS(Common Internet File Systems)などのアプリケーションの問題がある。いずれも何度もWANでのやり取りを繰り返すことで遅延の影響を受け,スループットが低下する。

 TCPレベルだけでなく,アプリケーション・レベルでも遅延は大きな影響を及ぼす。Windowsのファイル共有プロトコルであるCIFS(Common Internet File Systems)は,サーバー-クライアント間で一つのファイルをやり取りする際に,一定サイズのデータに分割して送る。このデータごとにサーバー-クライアント間の通信が発生し,遅延の影響を受ける。このため,CADのような大容量のファイルは著しくスループットが低下する。